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「日本競馬史上初の兄弟騎手G1連覇」は武兄弟だった

 なぜかそういう報道を見たこともあり、デムーロ兄弟が最初だと勘違いしていた。今の今まで疑問を抱かなかった。
過日提出した原稿に、今日専門家から指摘をいただいたときも、思わず「エッ!?」と思ったほどだ。







2000年10月15日と22日にすでに武兄弟が達成していました。ティコティコタック(秋華賞)→エアシャカール(菊花賞)です。







 言われてみればまったくその通りである。弁明の餘地もない。赤面して縮こまるばかり。「クラシックレースの兄弟連覇」はデムーロ兄弟が初だが、「GⅠ連覇」なら武兄弟が先である。こんな勘違いもあるんだなあ。ひたすら恥ずかしい。

  私のほうの言い訳はふたつ。
 ひとつは、私はいまも「牝馬三冠」なるものを認めていないこと。日本が手本としたイギリスにもそれはなく、「三冠」は、日本で言うと菊花賞になる。つまりイギリス的に「牝馬三冠」なるものがあるとしたら、桜花賞、オークス、菊花賞なのである。本家の真似をしたものを上手に改良するのが得意な日本人は、ここでも「牡馬三冠があるなら牝馬だけの牝馬三冠を」とかってにそんなものを作りだして名乗っている。イギリスはイギリスであり日本は日本でいいのだが、どうにも私はいまだに「牝馬三冠」にはしゃいでいない。

 てなことを言ってもしょうがないのだが、ともかく私は「五大クラシック」の感覚が強い。それでもエリザベス女王杯には前身のビクトリアカップのころから、それなりの思い出も思い入れもあるのだが、それを古馬にも開放して、いかにもの新設秋華賞になるとなにもない。それで「武幸四郎秋華賞勝ち──G1制覇」を忘れていた。





 もうひとつ。こっちのほうが本音だが、私はこのとき外国にいた。サッカーボーイの仔の人気薄ティコティコタックの秋華賞優勝も、翌週のエアシャカールの菊花賞も見ていない。馬券も買っていない。だから印象が薄い。馬券を買っていたら、こんな「史上初の記録」を忘れることはなかった。
 週刊アサヒ芸能に競馬コラムを連載していたころで、2週間前に想定出馬表を外国までファクスしてもらって予想コラムは書いた。もちろん大外れである。編集部に電話してティコティコタックが勝ったと聞いたが、「はあ?」ってなもんだった。記憶に薄いGⅠだった。



 馬券のことで言うと、「外国にいたから馬券を買っていない」のではない。基本として春秋のG1の時期は日本にいるようにしていた。それはまあ競馬ライターなのだから礼儀だろう。さすがに今に至るもダービーの時に外国に行っていたことはない。秋華賞はどうでもいいが、菊花賞の時に外国に出たのはこのときが初めてだった。
 外国にいて買えないからこそ友人に頼んで買ってもらった馬券は数多い。つまり、秋華賞はそれほど興味のないレースだったのである。
 菊花賞は別だ。何十年も買い続けてきている。だからまともなら友人に頼んで買ってもらった。だけど神戸新聞杯でわからなくなった。

 トライアル神戸新聞のエアシャカールのひどさだ。これはまだ日本にいて観ている。馬券も買っていた。ハズれた。顔をそっぽに向け、どうしようもないと思った。とんでもない癖馬だった。3着に敗れている。菊花賞は無理だと思った。
 でも武はあれで、矯正していったんだな。外国のインターネットでエアシャカールの二冠を知り、感動した。ただし日本にいたら、エアシャカールを消して穴を狙い大外れだった。いま調べたら、神戸新聞杯であんなひどい走り方をして3着なのに、単勝1.7倍の断然人気になっている。ファンはすごいな。見抜いている。
 7センチの差でダービーを河内アグネスフライトに敗れた二冠馬だが、あれを勝っていたら、武はディープ以前に三冠騎手になっていた。エアシャカールは史上最弱の三冠馬と言われたろう。







 武兄弟による「日本競馬史上初の兄弟G1制覇」は、私にはエアポケットのような記憶になっていた。

 ここを読んだひとにも、「GⅠ連覇史上初は武兄弟だ、デムーロ兄弟じゃないぞ!」と思ったかたはいただろう。すみません、まったく気づきませんでした。お詫びして訂正します。その他の該当記事も、時間を見つけて直します。
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