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調教師の停年制に関して──かつては英断だったが──ガラケー(ガラパゴス競馬)のこと

 サウンドオブハートの松山康久調教師が今年限りで定年であり、最後にG1を、のような記事を見かけた。
調教師70歳定年制」に関してはWikipediaでもまとめてあるので読んでいただくとして。

Matsuyama40 私にとって松山調教師と言えばお父さんの「吉三郎」さんであり、康久さんは若先生だった。今年はダービーが80回目。康久さんがミスターシービー(秋に三冠馬)で勝ったのは第50回。30年前。39歳の若手調教師だった。その若先生が来年は定年なのだとか。

 これが実施されたとき、私は「老害」があるし、当然だと思った。英断だと。それまで調教師は「死ぬまで調教師」だった。

 ところが、時が過ぎて考えが変わってきた。



 むかし、駿馬は5歳暮れ(現4歳暮れ)で引退した。
 ハイセイコーやトウショウボーイが代表である。
 テンポイントのように5歳暮れで日本一になり、6歳時も現役続行とした馬は、ヒーローとしてはむしろ珍しかった。
 グリーングラスは、トウショウボーイがターフを去り、テンポイントが死んだ後、7歳で有馬記念を勝つ。
 それは私にとって「老雄の頑張り」だった。
 しかし今で考えるなら「6歳の暮れ」でしかない。バリバリである。

〝走る労働者〟と言われ、日々頑張る庶民の代表として、一面で、年老いても気の毒に、強慾な馬主に酷使される可哀想な馬として語られるトウフクセダンも、引退時8歳(現7歳)に過ぎない。
 むかしは、そんな感覚だった。

 近年、むかしの5歳暮れで引退した名馬はディープインパクトぐらいだ。



 時が過ぎ、馬の停年も感覚が変った。
 昨今の事情は、不確かな若駒に期待して冒険をするより、安定したオープン馬に、そのままがんばってもらうというスタイルのようである。それが馬主経済的にも、調教師にとっても馬主にとってもベストなのだ。

 考えて見りゃ当然である。60歳の人間を定年だとクビにして22歳の人間を採用するのは、給料の問題があるからだ。高い給金を取る60歳ひとりで22歳が3人もやとえる。ずっと効率的だ。その60歳に絶対的な職能がないがきり。人間世界では。
 そしてサラリーマンと呼ばれる人種の場合、ほとんどその「絶対的職能」はない。
 その人間世界の感覚が馬の世界にもあった。

 しかし馬の世界では、60歳も22歳も支払う給料(飼い葉代)は同じだ。そして高い職能をマスターしている60歳(オープン馬)はグレード競走に出走して、たとえ5着でも走るたびに高い賞金を稼いでくる。それをクビにしてまで能力未定の22歳(新馬)に賭けるのは危険度が高い。オープン馬まで育てるのはたいへんだし、オープン馬にまでなれる馬はごく限られている。

 そうして花開いた代表例が8歳(むかしなら9歳!)で、天皇賞、マイルチャンピオンシップを勝ったカンパニーだろう。有馬を勝つグリーングラスを老雄と思っていた身には信じがたい。世間が「あんなに走らされてかわいそうに」と思っていたトウフクセダンよりも年上なのである。ただし、レース数は選ばれ、限られているけれど。

 さらにはトウカイトリックのような11歳にしてオープン馬であり、天皇賞8年連続出走なんてウソみたいな馬もいる。トウカイトリックが最高の例だ。トウカイトリックを引退させて、トウカイトリックほど稼ぐ馬を育てるのがいかにたいへんなことか。ならがんばってもらおう、となる。



 これは、外国にはあり得ない3年毎にモデルチェンジし、その度にクルマを買い替えるという日本独自のスタイルが、欧米風に、壊れるまで乗りつづけることになったのと似ている。ヨーロッパのひとは壊れない限り、そのクルマを大切にして乗る。あれが本当のクルマを愛する姿勢だろう。クルマが伝統的な相棒の馬であることがよくわかる。
 私はアイルランドで、「日本のクルマは最高だ。20年乗っていても故障ひとつしない」と褒められたとき、とてもうれしかった。カローラだった。だけどその日本では、3年毎になにひとつ傷んでいないクルマを乗りかえるのが常識だった。

 老父母の面倒を見た田舎時代、私はおおきなクルマは必要じゃないから軽自動車に乗り、モデルチェンジでも買い替えることなく乗りつづけていた。絶好調だったしなんの問題もなかった。でも「クルマを買い替えられない貧しいかわいそうなひと」と思われていたことを後に知った。田舎のひとは不要におおきなクルマに乗り、借金してもモデルチェンジしたら買い替えるのだった。40代になったらクラウンに乗らねばならず、片田舎から東京の大学にまで進んだ秀才なのに、軽自動車の私は憐れまれていたらしい。



 ここでまた、今度は逆に、ヨーロッパではレース賞金は低く、種牡馬経済が第一だから、最強馬の引退は早い。ヨーロッパだったならオルフェーヴルやロードカナロアが現役でいることはありえない。それこそカレンブラックヒルぐらいでも負けないうちに引退して種牡馬ビジネスに打ってでたりする。世界的名種牡馬カーリアンなんてお粗末な競走成績だ。

 むかしの日本の名馬の早い引退もあちらを真似ていたのだろう。天皇賞が勝ってしまったら出られないとか、そのための政策もあった。高齢馬にがんばられるのは迷惑だった。
 だけどレース賞金が世界一高いから(当然馬の値段も高い)、こんな形になってきた。これもこれでガラケー(ガラパゴス競馬)か。

 私は好きな馬の活躍を長く見たいから、そのほうがいいけれど(今年もオルフェーヴルがいるってことだけで夢が広がる)、これはひとつの商品を長く使い続けるってことだから、生産する側から見ると、商品流通としてはわるいことになる。



 調教師になりたいひとが大勢いるのに、「生涯調教師」がいっぱいいて後が支えている時代、停年制採用は英断だった。そうしなければ水が流れなかった。
 しかし時代は変った。

 あの名門高松厩舎が定年以前に辞めてしまう時代である。あまり書きたくないが、厩舎経営の苦労から首を吊った調教師もいた。

 いまの時代、70歳で区切る必要はないだろう。80歳でダービートレーナーになるひともいるだろうし、60歳前にやめてゆくひともいる。それが正しい優勝劣敗の世界である。あの1000勝ジョッキーの1次試験免除なんて制度もなくなった。もともとあれはほとんど文盲の騎手を調教師にするために編みだされた裏手だった。

 停年制などなくても、無能なのは若くてもやめて行かざるを得ないし、有能なのは齢を取っても勝ちまくるのである。そういう基本が確立された。それでいい。それが正しい感覚だ。

 一般社会では、停年制が伸びたとは言っても、せいぜい65歳が語られるぐらいである。80歳、90歳の名調教師を望む。
 夢のある世界に停年制があってはならない。

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matsuyama2013【追記】──時は流れる

 長年、松山若先生にお目に掛かっていない。たまにテレビで見るときはキャップをかぶっていた。 だから私の中では、先生は冒頭の写真(たぶんこれがミスターシービーのころだ)のままだった。

 今日ネットで左の写真を見つけた。いつのまにか吉三朗先生と同じ頭になっていた。時が流れていたことを知る。

 また、ミスターシービー、ウイナーズサークルと、ダービー2勝トレーナーの松山師も、近年はまったく重賞とは無縁になり、サウンドオブハートの阪神牝馬Sが2005年以来8年ぶりの重賞制覇なのだと知った。ずっと20勝以上(割っても18勝)の成績をあげてきたかたなので意外だった。

 私がここで言っているのは、松山師の停年引退に反対する、というのではなく、停年制そのものの見直しを、というものなので、そのことに直接関係はないけれど。
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