思い出シリーズ──桑島孝春騎手3000勝記念テレカ

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桑島騎手3000勝記念のテレカ。もう20年前か。時の過ぎるのは早いなあ。
私が桑島騎手を好きになったのは1500勝ぐらいのとき。毎日南関東に通っていた。
大井は高橋三郎騎手の時代。川崎には佐々木竹見がいた。
そして船橋は若手の桑島がナンバーワンだった。かっこいい若手騎手だった。まだ独身だったと思う。今はもう孫がいる。



桑島騎手を題材にした競馬小説がご縁となって親しくさせて頂いた。
小説の舞台は、岡部シンボリルドルフが優勝し、桑島騎手騎乗の船橋ロッキータイガーが2着に来た昭和60年のジャパンカップ。日本馬の1、2着。世界一好きな馬と世界一好きな騎手のワンツーに、私は人目も憚らず府中で泣いた。夢のようだった。

この日、桑島騎手はジャパンカップの前に勝っている。私はジャパンカップのパドックで、「桑島、もういっちょう!」と叫んだ。駆けつけていた地方競馬ファンがどっと沸いたのを覚えている。

その時の写真。かっこいい。私が桑島で嫌いだったのはたった1点。パンチパーマ(笑)。

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その小説に書いたが、私が桑島騎手を好きになったきっかけは、桑島騎手が雨の日も真冬も、素手で手綱を握る姿を見たからだった。それはパドックで見ていればわかる。デビューしたばかりの勝ち鞍もほとんどないような新人騎手がかっこつけて白手袋などしていたが、リーディング首位の桑島騎手はいつも素手だった。



その後、私は競馬関係の仕事をするようになり、地方競馬場にも取材に出かけたりしたから、騎手控室で桑島騎手をまぢかに見ることも何度かあった。そのたびに「ずっと前から大ファンなんです」と挨拶し、名刺を渡したかったが、人見知りなので出来なかった。

競馬短編小説を集めた単行本を出したとき、私は船橋競馬場気付で桑島さんに本を送った。後にも先にもない経験である。なにしろ友人にすら送らず責められたぐらい私はそういうことにいいかげんだ。桑島さんのことを大好きな競馬ファンがいるということを伝えたかった。
すぐにお礼のハガキをいただいた。桑島さん名義だったが、あれは奥さまが書いてくれたのではないかと思っている。電話でやり取りし、会えることになった。



このテレカは、品川の奥さまの実家で初めて桑島騎手とお会いしたとき戴いたもの。
当時私の住んでいたアパートからちかく、オンボロ自転車で出かけたら、ベンツの停まっている立派なおうちでびびった(笑)。
桑島さんは自分のことを書いている競馬小説があることを知っていた。それが掲載されている競馬雑誌を船橋の騎手が読んでいたらしく、あるひとが「おい、おまえのことが書いてあるぞ」と教えてくれたのだとか。

その後も、奥さまが4000勝とかティーシャツとか記念品を作るたびに送ってくださったので、私は桑島騎手の宝物は多い。勝負服と同じデザインのティーシャツは愛用したのでよれよれになっている。でも飾ったままにしておくよりは着てよかったのだと思っている。

生涯通算勝ち星4713勝。2010年5月18日引退。

騎乗もすばらしいが、ひととしても、温厚で礼儀正しく、最高のひとである。



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こちらは石崎隆之騎手の3000勝記念。これ、金色なのである。なぜスキャナーがこんな色にしてしまったのか。右側の馬の上に「石崎隆之」とあるのだが、読み辛い。

私は石崎騎手とは交流がない。それどころか大好きな桑島騎手をリーディングの座から追い落としたひとなので、むしろアンチである(笑)。ならなぜこれを持っているかというと、船橋の誇る二大騎手の2枚組テレカだったのだ。桑島騎手の奥さまが送ってくれた。さて、桑島騎手のそのときはなんだったのだろう、上のものではない。時期が違う。石粼騎手が3000勝記念、桑島騎手は3500勝記念とか、そんな感じだった。

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【追記】──テレカは商標?

テレカとはテレホンカードの略だと思っていた。スマートフォンをスマホと約すのだと同じだ。でもいまATOKに「登録商標」と注意された。調べてみるとNTTの登録商標なのだとか。誰もが携帯電話を使う今、テレカなんてのも死語になるのだろう。
だいぶ前からこういう記念品はQUOカードになっている。
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