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東京ダービー敗戦記──ここもまた社台──ロジータの思い出

1番人気クラーベセクレタが二冠達成。鞍上は安田記念を勝ったばかりの戸崎。調教師は毎度お馴染み船橋川島厩舎。

牝馬の二冠は昭和63年(1988年)のロジータ以来。
スポーツ紙がみな「22年ぶり」としか書いてないことが不満。ロジータの名を出してくれ。

秋に三冠を達成したロジータは、オールカマーを経てJCに挑戦する。
全15戦すべて野崎騎手が手綱を取った。
JCのパーティで野崎騎手に話をうかがったことが懐かしい。
当時、野崎騎手は無名の若手だったから、ロジータの活躍とともに乗り代わりの話があったのではないかと訊いた。一度もなかったと誇らしげだった。
ロジータは、ホーリックスとオグリキャップが世界レコードで駆けたJCで15着最下位。それも14着と大差だった。

が、そのあと南関の有馬記念・東京大賞典を勝ち、引退レースでは、2着に8馬身差の快勝。有終の美を飾って繁殖入りした。





成績表は長年お世話になっている「優駿の蹄跡」よりコピーさせて頂きました。感謝。





地方競馬の愉しさは父の名にある。今回もブラックタキシード、アメリカンボス、ダイタクサージャン、ノーリーズン、スマートボーイ、イーグルカフェと、中央ではあまり見かけない懐かしい名に、現役時代を偲んだ。



2001年の有馬記念は、マンハッタンカフェ、アメリカンボスで決まって大穴。9.11からの連想でアメリカ絡みなのだと、480倍の馬連を1万円取った友人がいたっけ。

私はあのワールドトレードセンターにジャンボジェット機が突っこむ衝撃の映像をバンコクのネットカフェで見た。現実世界の出来事とは思えなかったことを今も覚えている。




クラーベセクレタの父はトランセンドと同じワイルドラッシュ。アロースタッド繋養だ。

日高のちいさな牧場生産と思いたいところだが、しっかりノーザンファーム生産、馬主はサンデーRなのだった。地方競馬は騎手の勝負服で走る。もしも馬主の服だったら、羽田盃も東京ダービーも中央でおなじみのあのサンデーRの勝負服なのだ。


同枠のファジュルは照哉さんの馬だし、零細牧場零細馬主の場だった地方競馬も社台色に染まりつつある。南関の賞金は高いから採算が取れるのだろう。デムーロ弟がイタリアより南関の方が賞金が高いと言っていた。もっとも欧米は騎手の取り分は10%が多いから騎手にとっては同じぐらいか。


南関の社台進出はべつに狙ってしているのではなく、ふつうに経営をしていたら、いつのまにかそうなっていたということなのだろう。それだけ力がずば抜けている。

ダンスインザダークやゴールドアリュール、ステイゴールド等の社台の馬をもっていた山野浩一さんも最近は南関の馬主をやっているようだ。


優勝劣敗は競馬の基本だからそれでいいのだが、日高の弱小牧場生産の馬が南関で連戦連勝、中央馬に挑戦! という図式が好きな身には、この現状はすこしさびしい。


南関で近年やたら目立つのがマイネル、マイネ、コスモの冠号だ。馬名は同じでも馬主がちがうから、中央で頭打ちとなった馬を安く(失礼)譲り受けて使っているのだろう。これまた大量に生産しているから当然の帰結か。




馬券は、頭が固いので(これは〝時代遅れ〟とか〝融通が利かない〟という意味ではなく)、2着に不良馬場の羽田盃で2番人気6着のキスミープリンス(今回も2番人気)を固定しての3連単5点。一瞬、万が一を思い3連複にしようかと思った。オッズを見ると5点だから勝負になる。頭が固いのに3連複はあまりに弱気と、それを振りはらって3連単勝負。

キスミープリンス3着でハズレ。3連複15倍で充分だったと悔やんでも後の祭り。

キスミープリンスを3着にも固定した3連単を追加して10点勝負なら当たったのだが、そこまでして43倍を当ててもしょうがない。なら3連複にすべきだった。大事なのはつまらんこだわりではなくプラスに出来るかどうか。3連複5点勝負でも最低でも7.5倍あったからトリガミもなく、それでいいのだった。でも10-6-9の3連単は130倍あったし、配当の魅力に負けた。

3連単10点か3連複5点なら当たっているのに、当たらない3連単5点に行くあたりが馬券下手の真骨頂。













神戸の友人に当たったかとメールしたら、なじみのない馬ばかりなので買わなかったとの返事。その代わり明後日の東海ダービーは買うとか。友人は名古屋の大学を出ているのでいまも地元の園田より名古屋や笠松好き。
岡山にもどった知人が今も南関ばかりしている。地元の競馬はやらない。東京で競馬を覚えたから南関がいちばん身近なのだ。〝青春の街〟の存在は大きい。

私は十八まで育った茨城の田舎のあとは東京だけ。青春の街は渋谷。
関西にも何年か住んでみたかったと、このごろになって思う。
同志社や立命館を受けてみたい気持ちがあった。
あちらの大学に行っていたらどんな人生になっていたのだろう。

ただ、どんな人生になろうと馬券好きにはなっていた。

私はこどものころから「トラとライオンはどっちが強いか?」のような話が好きだった。「本気になったら象がいちばん強いらしい」なんて話にわくわくした。その延長として大相撲やプロレスが好きになっていったから、どんな人生を歩もうと必ず競馬には関わっていた気がする。
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