縦組に戻っていた『Gallop』──縦書き横書き考

 コンビニで手にした『Gallop』が縦書きに戻っていた。年に数回買うか買わないかぐらいなので意見を言う資格はないのだが、よいことだと思う。ほっとしている。
横書き文章と縦組枠順という形になってからは立ち読みすらしなくなっていた。そういえばホームページ用に目出度い文章を書くときに入れる「祝」ってのが作ってあった。せっかくだから入れておこう。

←最新号の表紙

横書きになっていちばん迷惑を蒙ったのは吉川良さんの文章だったように思う。ああいう情のある文章は横組にされると魅力が半減すると知った。
以前「チャーミーグリーンを使うと手を繋ぎたくなる」という台所用洗剤のテレビCMがあり、若者風のカラフルな衣裳に身を包んだ老夫婦が仲よく手を繋ぎ、音楽に併せてスキップしていた。当時結婚式で配られる新郎新婦からの挨拶パンフには「私達もチャーミーグリーンのCMのような夫婦になりたいと思います」と入れるのが流行ったとか。

私はあのCMが大嫌いだった。まず老夫婦のステップは音楽のリズムと合ってなかった(笑)。ひどくずれていた。何度も撮りなおしをして比較的あっているものを使ってあの程度だから現場はひどかったことだろう。8ビートに乗れない盆踊り育ちの年寄りを無理矢理踊らせる一種の老人虐待である。カラフルな衣裳も笑顔で見つめあったりするのもわざとらしく、無理矢理特攻服や学生服を着させられた「なめ猫」を思い出した。西洋風の齢を取ってもスキンシップをする夫婦、齢を取っても臆することなく流行りの服を着る老人、そういう制作者側の感覚を是として押しつけた醜悪なCMだった。年寄りだから灰色の服を着て縁側で渋茶をすすっていろと言うつもりはない。切り口の問題である。ああいうCMを「ほのぼのとしていていいCMだ」と思うひととは何を話しても意見は合わない。あのCM制作者の薄っぺらな感覚を見ぬけないひとは明き盲だ。
横組の『Gallop』に載る吉川さんの、毎度お馴染みの「死んでしまった競馬ファンのホロリとする話」を読んでも、チャーミーグリーンのCMのようにしっくりこなかった。縦組に戻ってよかった。これでまた立ち読みできる。
シャッター商店街が続く私の田舎で唯一繁盛しているのが「斎場」だ。乱立している。これは全国的な傾向だろう。なにしろお客さまと予約お客さまが途切れることなくいる。同様に、吉川さんの「死んでしまった競馬ファンのホロっとする話」も尽きることがない。楽しみだ。死と競馬はみょうに似合う。


吉川さんは熱心に取材して書いているので実話なのは知っているのだが、世の中にはあんなに「苗字(名前、誕生日、ニックネーム)が同じだから」というような理由で特定の馬や騎手、調教師を応援したりするひとがいるんだろうか。そういうことをしたことがないので不思議でならない。あるいは「今日は親父の×回忌だから、親父の誕生日と×回忌の×を組み合わせた馬券をこどもたちみんなで金を出しあって買おう」というような遊び馬券。あんなことをするひとがいるのだろうか。これまた吉川さん御自身が現実にやっているのを知っているからまごうことなく事実である。そういうことをしない自分をつまらないヤツだと思う。それもまた競馬の大切なあそびのひとつだ。真剣に検討してハズれ、誕生日で買っていたら当たっていた、なんてことも何度もある。だがこれはこれでまたそういう馬券は邪道と避けてきた者にはなかなか買えない馬券なのだ。

 話戻って。『Gallop』が縦組文章に戻ったのは10月26日発売号からとか。そのときは武豊と横山の対談で盛りあげたらしい。写真はその表紙。バックナンバーから探してきた。もう一ヵ月経っている。まったく気づかなかった。つまり一度も手にしていない。
それにしてもなぜあんなことをしたのだろう。『Gallop』は「週刊サンスポ」である。馬柱は新聞と同じく縦組のまま、文章だけ週刊の方が横にすることに意味はあったのだろうか。Wikipediaで調べたら横組文章時代は二年半続いたとか。横組になってしまったときのショックは今も覚えている。編集部でも相当の論争があったことだろう。そこに踏みこんで、そして二年半での撤退。内部事情を知りたいものだ。

競馬は外国から来たものであり、アルファベットや数字の処理からも横組に向いている。最初からそうした「競馬ブック」は慧眼である。見事な先見の明と言える。横組「競馬ブック」は最初から敬遠していたのでそのことを真剣に考えることはなかったのだが、20数年前、マニアックな血統専門誌「競馬通信」を愛読している時、そのことを思い知った。アルファベットの外国馬、人名と数字が頻発する競馬通信は縦組文章では成立しなかったろう。横組文章は嫌いだけれど、「競馬文章ってのは横組のものなんだな」と認めざるを得なかった。


しかし競馬を覚えた当時から専門紙も週刊誌もブックであり、横組に慣れていた関西の競馬ファンはともかく、関東人にとってそれは馴染めないものだった。こちらの週刊誌「週刊 馬」「競馬報知」みな縦組だった。それらが軒並み廃刊になって行く中、縦組で出た『Gallop』はだからこそ支持された。と思っていた。今さらもう西高東低なんて言うことすら虚しく、関東の馬主もこぞって西に預ける時代だが、『Gallop』が横組になったときは、またひとつ西に尻尾を巻いたような気がしたものだった。

ともあれ縦組に戻ったのは目出度い。気合の入った週だけ年に何度か買っていたが、横組になってからは一度も買ってなかった。これからまた「たまに」ではあるが買うことにしよう。





============================================



 競馬週刊誌嫌い?

私が競馬週刊誌を読んでいないというとおどろくひとが多い。熱心な競馬ファンは、日曜にレースが終わると月曜にはブックや『Gallop』を手にして先週の反省をし、今週の予想を始めるらしい。馬券好きの私もそう思われているようだ。

私は土日の敗戦ショックを水曜ぐらいまで引きずり、木曜ぐらいからやっとやる気になってくる。それで木曜にブックや『Gallop』を買おうかと思うこともあるのだが、それを買う理由は想定出馬を見ることだから、「あしたの金曜にはもう枠順が出るなあ」と止めてしまう。かといっていつもいつも敗戦ショックから立ち直れないわけではなく、土日の勝利の勢いで月曜の朝から南関をやっていることも多い。

その辺を推測するに、競馬週刊誌を買う習慣のあるひとは、一週間という単位できちんと働いている健全な勤め人であり、中央競馬が好きなのだろう。きちんとしたサイクルで生きているひとなのだ。私はそこまで週末の中央競馬を楽しみに生きていないし、なにより曜日も祝日も関係ない不道徳な生きかたをしているので、競馬週刊誌という「サイクル」とは縁遠い。このごろほんと、「三連休」とか話題になると、「なんで? なんの日?」と思うようになってしまった。ちとやばい。多くの祝日が以前のまま止まっている。たとえば「体育の日」は東京オリンピック開幕式だった10月10日、「成人の日」は江戸時代の元服の日だった1月15日、のように。
------------------------------
 すべては横組の時代へ

てなことを書いているこれも横書き。こういう機械を発明した国が横書きなのだからしょうがない。コンピュータというのはそもそもアルファベットと数字のためのものだった。こうして日本語が書けるだけでも感謝しないと。

漢字の本場中国も雑誌等みな横書き。数字はアラビア数字。日本人より抵抗がないようだ。とはいえ日本人も縦書きにこだわりがある世代はかなり限られてくる。

私がこどもの頃からもう教科書も國語と古典以外は横書きだった。過日、予備校の先生から古典や漢文も横書きで書く学生がいると聞いた。かくいう私も長年手紙は横書きだ。縦書きは字の巧拙が露骨に出る。横書きの方が字のヘタが目立たない。右から左への縦書きと違ってインクで手を汚すこともない。横組の小説本も出るようになってきた。やがてそちらが主流になるのだろう。逆らう気はない。電車の中で化粧をする女を見るような心の荒廃と比べたら、横書きの小説は耐えられる痛みだ。
関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

moneslife

Author:moneslife
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR