エリザベス女王杯──あの結末の肯定と否定

エリザベス女王杯のレース評価が喧しい。レースの評価そのものより、「レース評価に対する評価」で論争されているのがおもしろい。「史上最低のクソレース」という否定派と「あれもまた競馬」という肯定派である。否定派は「後続の騎手はなにをやっていたんだ。全員騎乗停止にしろ」と怒り、肯定派は「充分に読めた展開。過去にもよくあったレース」となる。感情的になっている否定派に対し、肯定派はクール、となる。いやこう書くと否定派に対して失礼だ。否定派がまっすぐな意見の正統派であるのに対し、肯定派は知ったかぶりのひねくれ者、とも言える。もちろん肯定派がみなあの大穴馬券を取っているはずもない。あくまでも意見としてのものだ。どっちも正しいのだからここは公平に記さねばならない。

肯定派は同じような過去のレースを知っていて競馬に詳しく、一方怒っている否定派は過去を知らない初心者が中心という分析もあったが、ヴェテラン評論家でも激しく否定していたひとは多いからそう単純に分けられるものでもあるまい。これはもう今年のエリザベス女王杯のレース評価を離れて、それぞれの「競馬観」を問う話になっている。



私は過去に同じようなレースをいくつか観てきたから、「まあこんなこともあるよなあ」というウインズで白けていたというおじさん達と同じ感覚の、どちらかといえば肯定派だった。それは「敗戦記」に書いた。安藤ブエナビスタが過剰に藤田ブロードストリートを意識するなら充分に読めた展開である。2頭の勝ち負けはともかくブエナビスタの相手にあの2頭の逃げ馬を選ぶことはさほど難しくなかった。と真っ先に消しているヤツが書いても説得力はないが。

肯定派は過去のレースを出して否定派に問う。「ならプリティキャストの逃げ切りも否定するのか!?」と。おお、懐かしいな、不良馬場プリティキャストの逃げ切り天皇賞。追いこんできた2着は"お化け戦闘機"メジロファントムだった。今回情勢を観て早めに動いたのが横山のカワカミプリンセスであり、このメジロファントムの鞍上が父親の横山富雄だったことから、「横山親子は機を見るに敏」なんて評価も見かけた。

否定派の意見に「イングランディーレの時と同じクソレース」というのがあった。あれは脱力するレースだったねえ。あのとき見事に逃げきった鞍上は横山である。
まああれもこれも競馬、と私は今回のエリザベス女王杯に肯定的だったのだが、ある意見を読んですこし考えが変った。そのひとはあのレースを肯定したあと、こう書いていたのだ。「でもまあブエナビスタの単勝を百万も買っていたなら怒るのもわかるけどね」と。
忘れていた悪夢が甦ってきた。



あのメジロパーマーが逃げきった有馬記念。私は1番人気のトウカイテイオーから馬連を合計百万円買っていた。メジロパーマーの逃げ切り(厳密にはダイタクヘリオスに一度ハナを譲っているが)、2着も先行したレガシーワールド、3着にナイスネイチャ。私の本命トウカイテイオーも2番人気の菊花賞馬ライスシャワーもまったく見せ場なし。かすりもしないハズレに中山で腰が抜けた。へたりこんだ。このレースで、競馬に大金を掛けるヤツはバカだと見切りをつけ、私は競馬観を変えた。翌年からは有馬記念などほったらかしにして海外旅行に出かけるようになった、とは以前書いた。

それでもまだこれはいい方だった。なぜならこの百万は「自己資金」だったからだ。痛かったけれど自分で稼いだ金だから禍根が残らなかった。惨めな暮れと正月になったが……。
このレースが1992年。リードホーユーが逃げきった有馬記念は1983年か。このときスった50万円は自分の金は20万ぐらいしかなくあとはサラ金で掻き集めたものだったから金銭的痛手はより大きかった。中山で踞り、返済をどうしようと頭を抱えた。思えば両方とも人気薄馬の逃げ切り。まさにアップセットはみな逃げ馬が作る。



競馬場で腰が抜けた思い出したくもないふたつのレースだが、私の敗戦感覚は微妙に違う。リードホーユーは人気薄と言っても3番人気だった。単勝は1080円にすぎない。この年は19年ぶりの三冠馬ミスターシービーが誕生した年だった。そのミスターシービーは有馬記念に出ない。ミスターシービーに関しては「弱いという噂」があった。第50回ダービー記念の「作られた三冠馬」なのだと。

しかし、なら、だからこそ、その噂を打ち消すために、「ミスターシービー世代の馬が勝つ=やっぱり三冠馬は強い=出ていたら勝っていた」という読みが成立した。私は有馬記念のだいぶ前からその読みをしていた。リードホーユーがミスターシービーの代理なら、この馬から行くのは充分に戦略として成立したのである。だからこその3番人気だったろう。

私はその読みが出来た。だけどミスターシービーという三冠馬も、その世代も、弱いと思っていたし、"競馬界の玉三郎"などと呼ばれ「自由にさせて欲しいのさ」なんてレコードを出して粋がっているリードホーユー鞍上の田原成貴が大嫌いだったから(昭和で言うとこのレースが昭和58年、あの「サルノキング事件」は前年の昭和57年になる)、そういう読みは出来たのだが、敢えてそれを否定したのだった。ミスターシービー世代の馬を菊花賞2着のビンゴカンタ、オークス馬ダイナカールも含め、全馬真っ先に消した。これじゃ当たらない。

その「読み」は正しく、1、2着をミスターシービー世代が占めた。ミスターシービー世代の馬を選んでボックスにしていれば3点で取れた大穴枠連だった。腰が抜け、借金返済を考えて頭を抱えつつ、「どうしてあの読みに逆らったのか。あの読みで行けば本線的中だったではないか」と悔いていた。「御上の意向に逆らってはならない」と反省した。ハズレはしたが「想定内」の競馬だった。



対してメジロパーマーの時はわけがわからなかった。先行した人気薄2頭で決まっての馬連300倍。3万馬券。有馬記念最高配当、大波乱の結末に呆気にとられていた。まったくの想定外のレースだった。中山競馬場で踞り頭を抱えていたのはリードホーユーの時と同じだが、抱えていた頭で考えていた中身はだいぶちがう。リードホーユーの時は読めた競馬だった。対してこれはなにがなんだかわからない競馬だった。このレースも、トウカイテイオーとライスシャワーという2頭の人気馬が互いに意識し、牽制しあい、その間に逃げ馬が……という内容だったのか。後日記事になった「トウカイテイオー虫下し事件」は知っている。それによる体調不良が原因なのか。私には大勝負した馬になにひとつ見せ場のないひどいレースだった。このトウカイテイオーの鞍上もリードホーユーと同じ田原成貴。なんとも祟られている。

もう忘れたい疵痕なので真実などどうでもいいが。翌年の「奇蹟の復活」のとき、私は日本にいなかった。昭和48年以降、初めて有馬記念を買わない年だった。「奇蹟の復活」で当てているとまた思い出も変っているのだろうが……。



話が長くなってしまった。要するに「馬券購入金額」と、それに伴う「感想の変化」についてである。
ブエナビスタ大好きの私は、JFも桜花賞もオークスもブエナビスタ1着固定3連単で当てているのだが断然人気の低配当馬券なので儲かっていない。とはいえそれはこちらの買いかたの問題。断然人気馬を1着に固定して、相手にとんでもないのを選んで高配当を狙ったら、2、3着にも人気馬が来たという結末。少額で遊べる3連単という新馬券で遊んだからでもある。いや少額で高配当を狙える3連単という馬券があったから大金をつっこまずに済んだ。こっちが正解か。

もしも今回儲けたいと思い、かつてのような大金勝負をしたなら、馬券は馬単になったろう。リードホーユーの有馬記念は枠連勝負、トウカイテイオーの有馬記念は馬連勝負だった。それしかない時代だった。今回のような固い軸のいるレースで大金勝負をするとなったら馬単になる。
ブエナビスタ1着固定。メイショウベルーガで16.8倍、シャラナヤ14.5倍、リトルアマポーラ11.5倍、ジェルミナル16.4倍、カワカミプリンセス20倍。これを10万円5点勝負。ブロードストリートとの6.7倍は目をつむって切るしかない。本気勝負をしたらこうなる。ならざるを得ない。その辺はむかしもいまも変っていない。これをしていたら、あの結果を「これも競馬。よくあること」なんて悠長なことは言っていられなかった。



という話。現実の私はいつもの「G1参加料」と割りきれる金額を損しただけなので何の怨みもない。だけど大金をつっこんでいたらそんな呑気なことも言っていられなかった。それはそういうリードホーユーやトウカイテイオーを経て学んだことだから、今そんな金額を買うことはあり得ない。私はトウカイテイオーの有馬記念以降、1レースに注ぎこんだ最高金額は10万円程度でしかない。(エイシンプレストンの朝日杯を16万円買っていることを思いだした。それがその後の最高額のように思う。)

今回、多くのひとの意見を読んでいて「金額は重要」と思った。ネットの種々の意見を真剣に読んだが、さすがに「私は競馬は大好きですが馬券は一切買いません」というひとの意見は、いかに立派なものであれ読む気にならなかった。金を賭けない競馬には関わりたくない。たまにいる。すごい競馬通、血統通なのだが、馬券は一度も買ったことがない、なんてひとが。

私は今回のエリザベス女王杯を苦笑しつつ観戦し、感想として「ま、しょうがないか。こんなこともある」なのだが、それは馬券購入額が大きくないからなのだ、と確認した。
むかしは百万円を儲けようと思ったら、最低でも20万円ぐらいの資金が必要だった。今は2千円もあれば夢を見られる。原理的には100円で見られる。

高配当になる馬券を売りだすことは庶民の射倖心を煽ると御上は発売を規制してきたのだが、現実にはそれの発売により射倖心は抑えられている。皮肉なものだ。私のようなバカは、100円で百万円が夢見られる3連単があるから少額馬券をやっているだけであって、今も枠連しかなかったら、相変わらず卒業できていないのではないか、という気もする。

「もしも」を考えると切りのない話だが、假に大金を賭けて大外れしていたとしても、今回のエリザベス女王杯は「想定できた競馬」ではあると思う。すくなくともトウカイテイオーの有馬記念よりは私にはわかりやすかった。しかし落胆度合は購入額によってだいぶちがったろう。こんなレースに大金を賭けなくてよかった、3連単で小銭競馬をするようになってよかった、という安心感は、たしかにある。
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