スリーロールス菊花賞優勝2──武牧場の戦略

 静内の武牧場は大きかった。生産頭数100頭規模の牧場だった。なのに目立った活躍馬はいない。繋養している種馬フィリップオブスペインも9戦1勝という凡庸な成績。人気はない。大レースを勝った産駒はフレッシュボイスが初めてである。これだけ大きな生産をしているのに私のような競馬ファンの知っている活躍馬がいないのも珍しい。八大競走優勝馬が何頭もいる名門はともかく、生産頭数10頭ぐらいの牧場でも1頭ぐらいは私の知っている活躍馬がいた。中央にはいなくても南関東にいる場合もあった。なのに武牧場は大規模でありながら活躍馬がいなかった。





餘談ながら、競馬ライターになる前、南関東でたっぷり競馬をしていた私は、牧場訪問の仕事をするようになってからずいぶんとそのときの経験に助けられた。どんな牧場でも自分のところの活躍馬の口取り写真を額に入れて飾っている。中央には活躍馬がいず南関東の重賞勝ちが自慢のような牧場も多かった。そんな牧場を訪れたとき私はすぐに写真を見て「あ、××ですね。ぼく大好きだったんですよ、このレース当てました。本命の△△が負けて大荒れだったんですよね」と反射的に馬券のことを言ってしまったりした。苦笑というか失笑というか、そういう笑いのあと、このひとはほんとに競馬が好きらしいと認めてもらい近しくなれた。それは商売的なテクニックではなく本音だった。むしろテレビでしか見たことのない関西の八大競走優勝馬より私には目の前で見た大井の重賞勝ち馬の方が印象深かったから、心からそう言えたのである。当時『優駿』誌のそういう仕事をするかたはみな、血統に詳しい評論家や、競馬好きの作家や大学教授という府中中山の貴賓席で競馬を見ているような方々だったから、私のようなのは珍しく気に入ってもらえたのだった。


もちろんそんなちいさな家族的牧場から八大競走優勝馬が出ることはめったになく、それは『優駿』の取材先ではなかった。私がそういうところを訪ねたのは、競馬ファンとしての趣味であり、仕事的にはサイドストーリィの発掘だった。





タマモクロスのオーナーを取材したときに頂いた貴重なテレカ


たとえばタマモクロスの生産者はタマモクロスの活躍時にすでに破産していた。もう日高にいなかった。当時親しかったかたにお話を伺いに行く。タマモクロスの牧場がちいさかっただけに親しい牧場も規模が小さく「唯一の活躍馬が南関東の重賞勝ち」のようなところが多かった。その馬を知っていることから気を許してもらい貴重な話を聞けた。南関東を駆けずりまわっていたことが役だった稀有な例になる。

ただの競馬ファン、馬券ファンだった私は、競馬学的なことをまったく知らずに競馬ライターになってしまった。だからそいういうことを勉強している牧場経営者には「ファミリーナンバーも知らないのか!?」と嘲笑されたこともある。実際そのとき知らなかったのだから反論のしようもない。こういう牧場主はみな血統の勉強をしていて山野浩一さんを神様のように尊敬していた。実際に神様に会って会って失望したというひとも多かった(笑)。

私はそういう勉強をしていなかったから一面では恥を掻いたが、一面では、南関東四場を毎日駆けずりまわっていたから、山野さんの知らないちいさな牧場の生産馬も知っており、吉と出ることも多かった。




そういう私にも武牧場の生産馬には知った馬がいなかった。編集部で調べてもっていった資料では、唯一1982年(昭和57年)に京王杯スプリングハンデを勝ったエビスクラウンがあるだけだった。


ただしそれは私が関西の競馬に疎いからであり、当時の関西の競馬狂にとっては大好きな個性的な条件馬に武牧場生産馬は多数いたと思われる。でなきゃ経営が成りたたない。ともあれ武牧場がそれだけの生産頭数を誇りつつ重賞クラスがいなかったのは事実である。


まことに失礼な表現ながら他にことばも見つからないし、正鵠を射ている面もあると思うので使わせてもらうと、武牧場の経営方針は薄利多売だったのだろう。武さんの商売能力と関西の武一族という強力なコネクションから顧客は豊富だったと思われる。G1を狙うような名血馬や良血の繁殖牝馬を集めてのエリート養成ではなく、馬主になりたいひとに確実に馬を供給する、B級馬を多数生産し販売することを経営戦略にしていた、と解釈している。


私が初めて訪れたのが1987年(昭和62年)。それから22年経って、今年秋、ついに武牧場から菊花賞馬が誕生した。しかしそこに到るまでには武勇さんの変死を始め、多くの変転があった。
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