スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「血と知と地」から学ぶこと③──マスコミへの接しかた


社台の善哉さんとシンボリの和田さん、競馬マスコミの好き嫌い


◆下記の「馬喰の好き嫌い」の附記として書いたが、こんがらがるので独立させた。


始めからの理解ではない──誤解のないように


 競馬界の大物であるシンボリの和田共弘さん、シャダイの吉田善哉さん。
 両者にインタヴュウした記者はみな口をそろえて、善哉さんを称え、和田さんを批判する。
 和田さんが競馬マスコミなどどうでもいいと冷たい態度を取ったのに対し、善哉さんは理解ある態度を示したからだ。


 和田さんが「活字になったからといって馬が強くなるわけではない」と公言し、まとわりつく取材者を邪魔物扱いしたのは有名だ。対して善哉さんは、そういう態度を取るスタッフに、「このひとたちはこれが仕事なのだから」と庇った(庇われたライターから聞いた話)という。この両者のちがいは大きい。とにかく全般的に、競馬マスコミ人にとって、和田さん不評、善哉さん好評である。



 ということからも、今回読みなおして気づいた「善哉さんは馬喰ということばを好んでいた」という話は印象的なのだが、これだけだと「善哉さんいいひと、和田さんいやなひと」だけになってしまいそうなので、すこしフォローしておきたい。



 私が社台と長年親密に関わってきたこの本の著者・吉川良さんと親しくおつき合い頂き、あれこれ聞いた裏話の中で強く印象に残っているのは、吉川さんの懊悩である。


 吉川さんは文筆家としての誇りが高い。吉川さんの根源は「世界一の大金持ちも貧乏人もみな同じ人間」という視点だ。一見卑屈な書きかたをするときもあるが、それはこの味を強調するための手法である。吉川さんの腰の低さは、微風に吹かれただけでもすぐに頭は下げるがぜったいに折れない野草のつよさに似ている。

 いや吉川さんの中には明確な順序がある。人びとを魅了する音楽や絵画を創ったひと、すなわち藝術家礼讃だ。それは三人の娘さんをみなそっち方面に進ませたことからもわかる。そして一方、権力を手にして悦にいる政治家や金持ちを蔑視する。


 吉川さんはいつも馬産家から人間あつかいされないことを嘆いていた。馬産家が好きでちかづいて行く。しかし「個」で馬産をやっているひとたちにとって、競馬物書きなんてのはまとわりつくハエでしかない。冷たくあしらわれる。

 吉川さんはMなので、それでも近寄って行き、その「冷たくされたこと」を味のある随筆にしたりする。これなんかは私には出来ないことだ。冷たくされたらもう近寄らない。屈辱を感じたらそんな仕事はやめる。

 社台のことを頻繁に書いている吉川さんを、社台のたいこもちをしているヤツだと、ある日高の生産者が「よぉ、しゃだいこ」と呼ぶ。顔が熱くなるような侮辱だ。吉川さんはそれすらも文章にしてしまう。ほろりとする随筆に仕上げる。鉄人だ。


 私はこれを初めて読んだとき(昭和50年代)、この「しゃだい」と「たいこもち」をかけた「しゃだいこ」を、うまいなあと思ったことも正直に書いておく(笑)。



 ところで、ここでまた明言しておきたいが、私は冷たくされたからと言って、それに立ちむかってはゆかない。批判はしない。これは私のひととしての基本なので、本論から脱線するが書いておきたい。

 某競馬ライターが某騎手を絶讃していた。その騎乗ぶり、仕掛けのタイミング、すべてを熱く語っていた。会ったことのない騎手だ。レースっぷりから騎手として惚れていた。それはそれはもう絶讃していた。
 私はその騎手が大嫌いだった。たしかに騎手としては見るべきものはあったが、初めて登場したころから、どうにも虫の好かないヤツだった。大レースではそいつの乗る馬は真っ先に消していた。私がこいつをいかに嫌いだったかは、古い友人が証明してくれる。筋金入りの大嫌いだ。

 その某ライターが、その某騎手に初めて会って取材することになった。すると某騎手は待ちあわせ時間に遅れてきた上に、ライターが喜んでもらえると思ってセッティングした店に対しても、「なんだこのこ汚い店は!」と暴言を吐いた。つまり、そのライターは、かってにその騎手にイメージを抱き、そんな店が好きにちがいないと思っていたのだ。片想いの思い違いである。
 険悪な雰囲気になり、騎手はインタヴュウも受けずに帰ってしまった。

 その屈辱から、一転してこのライターは、この騎手のアンチとなる。事の顛末を詳細に競馬雑誌に書き、この騎手批判を始める。もともと批判の多い騎手だったが、それはみな雰囲気的なものだったから、劣悪な人間性丸だしのこの事件は批判として出色だった。話題となり、多くの賛同者を得た。

 しかし私は不快だった。こういうのは最低である。マスコミ人として、してはならないことだと私は思う。惚れて同棲していた女に、浮気され別れたからといって、閨房の中の出来事まで曝して悪口を言いたてるようなものだ。
 ずっと嫌いだったのならまだいい。そうではない。大好きだったのだ。絶讃していたのだ。
 惚れたのは自分。裏切られたのも自分。すべて自分の中に治めるべきであろう。裏切られたからと言って悪口を言ったら、惚れていた当時の自分が惨めだ。なぜこの某ライターはそのことが分からないのだろう。

 いや、男と女の場合とはまた違う。この某ライターが某騎手に惚れていたのは片想いなのだ。かってに惚れておいて、理想化しておいて、現実が理想と違ったからと、冷たくされたからといっていきなり悪口ではたまらない。この騎手の肝腎の「騎乗」は、惚れていたころも不快なことがあってからも変っていない。変ったのは某ライターの心象風景だけなのだ。

 だから私は「某騎手を批判する某ライターの文章を批判する文」を書いた。


 その某ライターが競馬を始める前から、その某騎手が大嫌いだった私が、某騎手を擁護する論を書いたわけである。まったく珍妙なことになった。
 とにかく敵の多い騎手だったから、私の文もまた批判の嵐に遭った。「あんな騎手を擁護するとは狂っているのではないか。現場を知らないのではないか」とまで言われた。

 私の場合、騎手などどうでもよかった。言いたいことはそのライターの姿勢だった。「男の生きかた」として、「一度あれだけ誉めたものを、いまさらボロクソにいいなさんな」である。


 そんなわけで、私は吉川さんのように、イヤな目に遭わされた相手を手の中で転がして随筆にする気もないが、かといって、いやな目にあったからといって、そのひとを批判する文章を書いたりもしない。黙って去るだけである。
 そこは強調しておきたい。吉川さんにはなれないが、某ライターのようなこともしない。



 本題に戻って。
 善哉さんは競馬マスコミが好きだったのではない。むしろ興味のなさ、嫌悪は和田さん以上だったろう。「いくら活字になっても馬は走らない」は、善哉さんにとっても真実であり、本音だったはずだ。

 善哉さんは「夢」ということばを嫌い、「欲」ということばを好む。これもこの本で知ったことだ。またそのうち書きたい。おもしろい感覚のひとである。この本は、こういう興味深い感覚が溢れている名著、快著、奇著である。


 その「欲」のために、ある日善哉さんは「こいつらも役立つ」と気づく。
 善哉さんにとって欲とは誰にも負けない強い馬を作ることである。その馬で競馬を勝ちつづけることだ。そのことしか念頭にない。
 ある日、そのために競馬マスコミというのもそれなりに役立つのではないかと気づく。役立つのならそれなりに接してやらねばと態度を改める。それだけのことである。それだけのことでしかない。



 この本の中で、吉川さんは、善哉さんが最初のころは会員誌「サラブレッド」に対して熱心でなかったことに触れている。最初は「あんなものなんの役にたつんだ。経費の無駄だ」ぐらいの感覚であったろう。

 ところがそうではなく、ああいうもので世にアピールし、会員を増やし、シャダイの人気を挙げることが、よりよい馬の購入にもつながり、ひいては強い馬の生産、自分の「欲」の実現に直結しているのだと気づく。そういう時代なのだと。
 それからは会報を大事にし、「このひとたちも仕事なんだから」と競馬マスコミを庇うようにまでなった。最初からそうだったのではなく、気づいて変身したのである。
 
 気づいて変身した善哉さん。最後まで気づかなかった和田さん。



 善哉さんと和田さんの違いは、自分達の「欲」を叶えるための方法論の差であったろう。

 造り酒屋の出である和田さんは、「手作り良品」を作ることにこだわった。そうして作った最高傑作がシンボリルドルフである。自分のところの血統で作った馬に、スパルタ教育を課し、掌中の玉として磨きあげた傑作だ。野平調教師もよく口にしていたが、母の父がルドルフ以前のシンボリ牧場の最高傑作スピードシンボリであることは、和田さんにも誇りだったろう。


 生まれながらの馬喰の子であった善哉さんはもっと大きな視点で見た。よりよい血統を揃え、土壌を改良し、スタッフを充実させてゆけば、強い馬はいくらでも出て来ると考えた。


 我が国競馬史上2頭いる無敗の三冠馬。和田さんのシンボリルドルフ、善哉さんのディープインパクト。(ディープは善哉さんの死後の馬だが、サンデーを購入した善哉さん路線の上にあるのは言うまでもない。)

 スピードシンボリの肌にパーソロンをつけ、スパルタ教育で育てあげたシンボリルドルフ。まさに「精魂込めて創りあげた手作りの逸品」である。失礼ながらパーソロンの現役時の成績なんてひどいものだ。とてもとても無敗の三冠馬の父になる種牡馬ではない。

 対してディープインパクト。アイルランド生まれ、イギリス調教、ドイツのGⅠを買った輸入繁殖牝馬ウインドインハーヘアに、アメリカの二冠馬サンデーサイレンスをつけて生まれた馬。同じような背景の同期生は100頭はいよう。ディープがならなければ他の馬がなっていた。登場すべくして登場した馬だ。善哉さんの「欲」の結晶である。



 ばくろう大好きといった善哉さん。「伯楽」に激怒した和田さん。
 ふたりの違いは、この馬産の方法論にも顕れているように思う。


 


------------------------------


 


論点がぼけたので、まとめます


 書くことがありすぎて、論点が呆けてしまった。言いたいことがずれている。この項で本当に言いたかったことをシンプルにまとめる。
 マスコミを軽視する和田さん、大事にする善哉さん、その心の背景である。


 たしかに和田さんは競馬マスコミを軽視し、評判が悪かった。だがそれはありもしないことを書いて不愉快にさせる「ろくでもない競馬マスコミ」に対してだけではなかったのか。


 一方、善哉さんは、競馬マスコミにも存在価値ありと認めて、それなりの対応をした。でもそれは自分に役立つからと認めただけであって、奥底ではどうでもいいものではなかったか。


 つまり、真の文人というものがいるとして。
 和田さんは、ろくでもない競馬マスコミは嫌いだが、真の文人は、すなおに認め、尊敬したのではないか。和田さんが競馬マスコミを嫌ったのは、それが和田さんの認める文化とあまりに離れていたからではないのか。

 善哉さんは、世間的に高名などんな文学者であろうと、自分の馬産に役立たない人間は、いてもいなくても同じだったのではないか。
 私が言いたいのはここになる。



 社台の隆盛を嫉妬する日高の生産者から「しゃだいこ」と呼ばれるほど社台に密着し、あの善哉さんの運転するベンツの助手席に乗って1対1の会話をしつつ、吉川さんが常にいらだっていたのはそれだったのではないか。
「表面はにこやかだが、このひとはおれの存在など認めていない」という。


 男と女で言うなら、「家事全般に優秀なパートナーとして、不可欠な存在と認められてはいるが、女としては愛されていない」ようなものである。
 文人として、吉川さんは、善哉さんに、女として愛されたかった。ドキドキされる存在になりたかった。唯一無二の愛の対象になりたかった。だが馬産しか頭にない善哉さんにとって、吉川さんは路傍の風景以上にはならなかった。



 テーマが散ってしまったが、和田さんと善哉さんの違いで、私が言いたかったのはそれになる。つまり、一見悪役の和田さんだけれど、藝術を愛する、いわゆる「純粋な少年の心」は、むしろ和田さんの方にあったのではないかと。


 書ききれない。すぐにパート4を書かないと。

スポンサーサイト

「血と知と地」から学ぶこと②──「馬喰」という言葉が好きな善哉さん、嫌いな和田さん

 北海道の社台牧場から千葉に独立した吉田家三男の善哉さんは、そこを「社台ファーム」と名づける。
 それに関するやりとり。


 すでに吉田牧場も社台牧場もある。そんな横文字を使うしかなかった。そこで善哉さんは吉川良さん相手に、「吉田ばくろう牧場とでもするか、ばくろう大好き」と言って笑っている。


 馬喰(ばくろう)。馬の売り買いを職業とするひとのことである。
 



 


 木村幸治さんから聞いた和田共弘さんのことを思い出す。
『優駿』に連載していた「シンボリ牧場の群像」が単行本になることになった。「凱旋」というタイトルだった。
 どうもしっくりこないので、木村さんに会ったときに質問した。なぜ「凱旋」なのか? 「伯楽」なんていいんじゃないかと。和田さんはルドルフ、シリウスを育てた名伯楽である。

 意外なことを聞いた。


 木村さんも「伯楽」がよいと思い、一応許可をもらおうと報告したそうである。すると和田さんが激怒したというのだ。「おれを馬喰扱いするのか!」と。


 おどろいた。以下、『広辞苑』より。
 


はくらく【伯楽】
[荘子馬蹄]
〓中国古代の、馬を鑑定することに巧みであったという人。もとは天帝の馬をつかさどる星の名。
〓よく馬の良否を見分ける者。また、馬医。転じて、人物を見抜く眼力のある人


ばく‐ろう【博労・伯楽】‥ラウ
〓(「馬喰」とも書く。「伯楽(ハクラク)」から転じて) 馬のよしあしを鑑定する人。馬の病をなおす人。また、馬を売買・周旋する人。
〓物と物とを交易すること。

 


 たしかに伯楽と馬喰はことばとして繋がっている。
 だけど伯楽に悪いイメージはない。
 なぜ和田さんは激怒したのか。


 馬喰ということばが大好きで「吉田ばくろう牧場」にしたかったとおどけた善哉さん。
「伯楽」に激怒した和田さん。
 この差は大きい。


 結局木村さんは奥さんの発案した「凱旋」をタイトルにするのだが、なにが「凱旋」なのかぜんぜんわからない。ピンボケタイトルだろう。
 



 


 和田さんのその話は木村さんから聞いたこともあり印象に残っていた。善哉さんが「ばくろう大好き」と言っているのは、今回の読みなおしまで忘れていた。心に残る。

吉田三兄弟の名前──社台かアンチか!?

 吉田三兄弟の名は、照哉、勝己、晴哉。
 善哉さんの息子三人の中で、勝己さんだけ異色。


 これは「勝哉」とつけるはずが、そのとき漢字制限で「哉」が人名に使えなかったとか。


 不思議な話だ。弟の晴哉さんが使えるのはわかる。次第に改正されつつある。
 だがお兄さんの照哉さんが使えて、勝己さんの時代に使えないというのは奇妙だ。それが御役所仕事か。



 競馬にはよくあるからそんなものか。
 代表的なのがダービーに出られなかった「持ち込み馬」マルゼンスキー。
 一般に、後々の改正まで出られなかったように思われているが、それ以前は出られた。今はもちろん問題なし。「一時期、出られない時期があった」のである。不幸にもマルゼンスキーはその「一時期」にぶつかってしまった。
 マルゼンスキーがダービーに出ていたらどうなっていたろう。ラッキールーラの10馬身前を走っていたか。
 でも私は思う。あれはあれでよかったのだと。出られなかったからこそのマルゼンスキー伝説だ。むろん当時は「出してやれよ」と憤っていたけれど……。



 勝己さんの時代にのみ限定で「哉」の字が使えなかったのも、マルゼンスキーと思えば納得が行く。


 このごろ、勝己さんだけ「哉」の字がないのも、それはそれで兄弟のためによかったように思ったりする。照哉さんと勝己さんが慶應、晴哉さんが早稲田。その辺の絶妙さと同じく、勝己さんだけ「哉」がないのも、社台グループ発展に寄与しているのではないか。



 明日のオークスはほとんどが社台グループ生産馬。泣く子と社台には勝てない時代。
 生産も種牡馬も社台とは無関係の馬となると、ハートオブクィーンと、シャランジュ、の2頭だけ。おお、その2頭が1枠にいる。むかしの「アンチ社台」の私だったら迷わず1枠から勝負したところだ。
 さて、どうなるか。

誤字訂正──人名はむずかしい

 下記、「ジャリスコライト引退」で、社台の吉田勝さんを「勝」と書いていたのに気づき、あわてて直した。お恥ずかしい。なんでこんなことになったのか。


 吉田さんは勝己、アンカツも勝己。南井は克。もっとあるな、なんだろう。人名はむずかしい。



 天皇陛下が絶対だった時代、どこかの新聞が「天皇下」とやってしまい、責任者が辞職するような大問題になったという。それ以来、「天皇」と「陛下」で「天皇陛下」ではなく、「天皇陛下」というひとつの活字を作ったとか。
 嘘か誠か知らない。天皇陛下の絶対性をアピールするための後世の作り話のような気もする。


 とはいえ、この方法が有効なのは事実。だから私は「よしだかつみ=吉田勝己」と辞書登録している。その他も同様。
 残念ながらこれは転ばぬ先の杖ではなかった。何度も間違え、編集者に直されてからしたのである。いわばさんざん転んだあとの杖。


 なのになんで今回まちがえたのか。気をつけないと。
 誤字乱発で爆走するターザンを笑えない。

「血と知と地」から学ぶこと①──感覚の相違

 ひさしぶりに吉川良さんの「血と知と地──吉田善哉物語」を読んだ。深い意味はない。自作PCを夏モードにしていたら、フルタワーケースの底部でHDDの台に使っていたのが出て来たからだ。ぶ厚い本なののでちょうどいいのだった。


 ひどいことをしている。でもこれは吉川さんにいただいたのではなく、私が自分で購入した本。世の中には贈呈してもらったサイン入り本を読まずにそのまま古本屋に引き取らせて話題になるエガワスグルみたいなひともいるから、それよりはまとも。
 
 いつ読んでもおもしろい。それは吉川さんの筆の冴えもあるが、善哉さんというひとがまともではないのだ。異常感覚。よくもわるくも。それが根源である。
 また思い出すたびにこの本の印象を書いてゆこうと思う。ほんと、バイブルである。今日は初歩的なことをまずひとつだけ。



 社台ファーム事務所に出版社の部長と部下が来る。善哉さんに話し掛ける。吉川さんはその横にいる。
 部長は雑誌で読んだ知識をもとに、善哉さんとシンボリの和田さんを「ライヴァル」という形で話し掛ける。それに善哉さんが乗ってこない。というか拒む。部長は「雑誌で読んだのに」と気色ばむ。善哉さんは「雑誌だからそうしゃべった」と応える。部長はますます鼻白む。


 といって、これは巷間伝えられるように善哉さんと和田さんが犬猿の仲とか、そういうことではない。かといって部長氏の言うようなライヴァルでは決してないのだ。
 あいだにはいった吉川さんが、「要するに吉田さんも和田さんもわがままなひとなんです」とまとめようとするが、部長氏は釈然としない。
 という話である。



 この話を読んで身につまされるのは、この部長氏の感覚が、競馬物書きになる前の自分と同じだからである。部長氏も当時の私も悪くない。みなそういうものだ。
 吉田さんと和田さん、一歳違いの有名牧場の牧場主。名馬を数々送りだしている。ライヴァルにして友人。互いに切磋琢磨して成績をあげてきた。周囲はそう考えがちだ。それは「そう考えるのがわかりやすいから」である。企業人からサラリーマン、スポーツ選手、世の中にはそんな関係が多いのかも知れない。
 しかし競馬業界というのはちがう。そういうものではない。


 ここで善哉さんが部長に言い、部長がわからないので適当にごまかしてしまうのは、それぞれが「点」ということだ。善哉さんにすれば競馬という大海を点として突きすすんでいるのであり、ライヴァルとは、道路の上を並んで走るランナーの感覚だ。他者から見れば、ダービーとか天皇賞とか、そういうゴールに向かって同じ道を抜きつ抜かれつ走っているように見えるのだろうが、生産者にはそんな感覚はない。
 この善哉さんと部長氏の感覚の差がおもしろかった。



 たとえばダービーで、Aという馬とBという馬がマッチレースのような叩きあいを演じた名勝負があるとする。同時にゴールしたが勝ったのはA、Bは2着。
 それは観戦者の私達には心に残るダービーであり、AもBもよくやった、になる。馬場では、負けたBがAを祝福しているかのように見えた。Aも、おまえも強かったなあとBに語り掛けているように見えた。いつまでも忘れない名勝負……。



 この感覚がいちばん強いのが御存知スズキヨシコさんだ。ダービー最下位18着馬を「最下位に負けましたけど、日本で生まれた同期のサラブレッドの中で18番目に強いと言うことですからね」とかなんとか言って失笑されたことがある。スズキさんとしては思いっ切りかっこいいことを言ったつもりだったろう。いや違うか。心の中のロマンが思わず言わせたひとことか(笑)。
 スズキさんの「なにがかっこいいか」は烈しく私とズレているのだが、それはともかく。



 競馬ファンはそうなりがちだ。ダービーというレースがいとしく、そこに出たすべての馬がいとしく、そしてそれは誰もが同じと思いこんでいる。
 だからBの牧場に取材に行って、「すばらしい名勝負でしたね。Aも強かった、Bも強かった。心に残ります」なんて語ったりする。だけどBの生産者からすればAがいたためにすべての幸福を奪いとられたのである。Aなんてのは名前も聞きたくない馬だ。よくもおれの牧場に来てAが強かっただの名勝負だのと寝惚けたことが言えるな、と思っている。しかしそのことに気づかないファンは、あいかわらず「いやあ、いい勝負だった」などと言っている。そのファン、すなわち私である。


 というのが牧場取材を始めたころの私の失敗談。競馬ファンの心情を牧場に持ちこんでいた。いま思い出しても冷や汗が出る。でもしょうがない。恥を掻いて憶えるまではわからない感覚だ。



 この部長氏も自身の競馬観で善哉さんや和田さんを解釈しようとしている。ファンの考える競馬と生産者の考える競馬がまったく違うことに気づかない。でも気づかないのはしかたない。だってぜんぜん違うのだから。

 だがこのひと、かなりの厚顔で、善哉さんにビシっと言われてもまだ気づかず、自分の感覚が正しいとばかりにしつこく食いさがっている。これは私にはわからない。これだけ言われたらふつうは気づく。たぶん部長という社会的地位がこのひとをすなおにさせなかったのだろう。



 しかしまあ吉田善哉さんというひとの語ることはおもしろい。かといっていくらおもしろくても、ふつうのひとには書けない世界だ。これは吉川さんだから出来た仕事になる。
 吉川さんにはMの気があり、つらいことがあっても、それに快感を感じたりするのだ。だからこそ出来た仕事だ。その辺の裏事情は御本人から詳しく聞いている。



 価値ある本である。これ以上のものはもう出ないように思う。まずこれ以上の「素材」がない。社台の兄弟、岡田繁幸さんがいるが、時代背景を考えたら、善哉さんにはかなわない。
 それにこれは気紛れ善哉さんのSと、引っ付き虫吉川さんのMが産みだした奇蹟のコラボだ。岡田さんにくっついて一代記のようなことを書いているライターもいるようだが、どう考えてもこれほどおもしろいものに仕上がるとは思えない。


 社台の兄弟はもうあらゆるGⅠを勝ちまくってしまっている。善哉さんのような苦闘の時代がない。あるけれどそれは父とかぶさっているから、この本のような味わいはもたない。かなわない。

 岡田さんはまだクラシックを勝っていないし、いくらでも話は続くが、ラフィアンという組織で、裕福に成りすぎている。物語というのは、デビュー戦四畳半一間が、ダービー勝って大邸宅がおもしろい。岡田さんはダービーは勝ってないがもう大邸宅だ。どうも盛りあがりに欠ける。やっぱりこれが嚆矢だろう。これ以上のノンフィクション競馬本は有りえない。


 文庫本になっていると知る。単行本はおおきくて重いので、一冊買っておくか。

細江純子さんのこと──矢野広行さんのメールより

「週刊競馬ブック」等に書いているターフライターの矢野さんが、細江さんに関してメールをくれた。
 コメント欄に書きこもうとしたら400字制限で書ききれなかったとのこと。
 こちらで紹介します。以下は矢野さんの文章です。

 

------------------------------

 

 

【細江さんは、浦和で見かけたことがある。イベントがあるわけでもない普通の開催日だった。重賞でもなかったと思う。
 白いコートを着ていてパドック付近に立っていた。何だか華があり、いったい誰だろう…遠くて顔がわからない。
 しばらくして、本場場入場を見るために歩いてたら、たまたま近くにいた。はじめて彼女だとわかった。
 
 タカハシカヨコは日々取材だろうから、たまに南関に行って(広いわ混雑してるわの大井は別として)見かけなかったことがほとんどない(川崎ではバスでよく会った)。…くらいだからきっと毎日ご出勤だろう。最近、おいらには用もないブログ(SPATのあのうっとおしいバナーに当初ひどくいらついた)も始まってるし。

 

 話を戻す。細江さんは、すでに使われてる言葉だが、至極、まともなひとだと思う。馬に乗ること、競馬が好きなのだろうと思う。
 シンガポールで勝ったのが小さくニュースになった時、中央では不遇をかこって消えていくんだろうなと思ったら、やはり。
 彼女が新嘉坡でずっと乗り続けたらどうだったのだろう…最近になってそんな空想をしたりする。
 
 私もカワイが嫌いなので、「カワイ」の文字が散見される部分じつは読み飛ばして、これ書いた。
 ちなみに『みんなの競馬』は一度も見たことがない。】

 

------------------------------

 

註・矢野さんはいま、岡山在住。

ターザン山本と「最強の法則」の高感度(笑)

 ターザン山本さんがネット上の日記で、女性に対してだったか、「高感度アップですよお」のようなことを書き、2ちゃんねるのスレで、「先生は感度をアップすることが出来る」と揶揄されていたことがある。もちろん好感度のまちがい。


 山本さんが小牧太騎手にインタヴュウした今月号の「競馬最強の法則」を読んでいたら、そこでも山本さんは、勝利騎手インタヴュウで嬉し泣きした小牧騎手に「高感度アップ」を使っていた。感度がアップして小牧はますます泣き虫になりそうだ。



 これは山本さんのテープ起こし原稿である。山本さんは常に「こうかんど」は「高感度」と書いてしまうのだろう。これはこれでしかたない。よくある思い込み、勘違いだ。誰にでもある。
 しかしそれを「最強の法則」の編集者が「好感度」に直さずに出してしまったのだ。この編集者は御粗末である。


 この種の漢字は意図的につかったりもするが、この一例はどう見ても単なるミスだろう。

 よくあることだしふだんなら気にしないが、2ちゃんねるのターザンスレを読んでいたので、目に留まってしまった(笑)。



 私自身は山本さんと同じレベルなのでえらそうなことは言えない。
 でも私の文章をチェックしてくれるひとは山本さんの関係者よりも上、とは言いきれる。

続きを読む

「みんなの競馬」のノラ・ジョーンズ──Don't Know Why

ノラ・ジョーンズ


 ヴィクトリアマイルのフジテレビ「みんなの競馬」。


 午後3時になり番組が始まる。
 カワイシュンイチのバカ面を見たくない。メインレース発走までテレビは見ないつもりでいた。


 ところが3時になるといきなりNorah Jonesの「Don't Know Why」のイントロが流れてきた。あのスライドギターの印象的なフレーズだ。ゾクっとする。やってくれるもんだ。


 ノラの歌声に載せ、過去2回のゴール前を流す。
「第3回ヴィクトリアマイルの勝者は!?」とやる。いいセンスだ。
 そのあとはいつものようカワイシュンイチのバカ面になったので語る気もない。カワイ、頼むからやめてくれ。ビーチバレーで食ってゆけるだろう。競馬に関わるな。



 テレビ番組はみんなで作る。
「みんなの競馬」のスタッフも、みんながみんなカワイを支持しているわけでもないだろう。中には「もっともっとセンスのいい競馬番組を作りたいんだ!」というスタッフもいると信じる。


 あのオープニングの映像と音楽を選んだひとには、それなりの矜持があったはずだ。


 もしも彼が、「世の中でおれのセンスをわかってくれたひとがいただろうか!?」と検索したとき、ぶつかるようにこれを書いた。
 きちんと評価したひともいましたよと伝えたくて、書いた。

(こういう番組には"選曲屋"がついているのだろうか。一応そういう方面の仕事をしていたので知っている。オープニングの編集を任されたディレクタが、映像と音楽を自分で撰んだのか、ノラは選曲屋の仕事なのか、興味がある。)

続きを読む

オークスの日、レディースデーのサービス

オークス当日、女性4万人が入場料半額


 東京競馬場では25日のオークス当日、記念入場券を各入場門で、開門時より男性5万枚、女性4万枚を発売する。価格は男性用200円、女性用100円で、記念入場券を購入した女性のみ入場料金が半額。売り切れ次第終了となる。


---------------


 ずいぶんとケチになってきた(笑)。
 昭和58年のオークスデーサービスは、入場料無料で全員に粗品進呈だった。ダイナカールの勝った年である。


 と書いてすこし不安になる。入場料は取ったのだったか。
 ただ、女性客先着1万名ぐらいにもれなくプレゼントが渡されたのは事実。馬の絵の描かれたデジタルウォッチだった。腕時計。いい品である。


 一緒に行った女友達がもらったが、隣にいたおばちゃんが「あたしなんか三度も出入りして三個もらったわよ」「あたしなんか四個よ」と言っているのを聞いて白けた。
 1万人が集まらなかったのである。そんな時代。


 入場料半額のみか。財政厳しきおり、当然かな。


【附記】
 抽籤で景品はあるようですね。

ジャリスコライト引退
















 ジャリスコライト号が競走馬登録抹消






2008/5/18




 2006年京成杯(GIII)に優勝したジャリスコライト号(牡5歳 美浦・藤沢 和雄厩舎)は、5月18日付で競走馬登録を抹消しましたのでお知らせいたします。
 なお、同馬は種牡馬となる予定です。






    ジャリスコライト号 (馬名をクリックすると競走馬情報をご覧いただけます)
    ※重賞勝鞍





    2006年京成杯(GIII)










    JRA通算成績 9戦3勝 獲得賞金 100,512,000円(付加賞含む)







    ジャリスコライト号
    2006年 京成杯(GIII)

 


JRAのニュースより。


吉田勝己さんが「種馬になる馬だからね」と言ったとかで、1着固定で勝負した朝日杯FSがなつかしい。
まあたしかにアグネスデジタルの弟として種馬にはなれた。よかったね。
馬券的にはずいぶんと苦い思いもした1頭である。こっちがかってに勝巳さんの馬から過剰な期待をしたのだけれど。

プリンシパルステークス敗戦記

大好きなベンチャーナインから行く。


相手に人気どころを抑える。
テラノファントム、ピサノエミレーツ、ヤマニンキングリー。
3連単を組む。


結果、ベンチャーナイン1着、2着アグネススターリー、3着ヤマニンキングリー。
馬連11万、馬単17万、3連単179万馬券。


前走500万条件をダートで勝ったアグネススターリーは買えない。
買うとしたらベンチャーナインからの総流ししかない。
総流しはしないことにしている。
しないのでは、いくらベンチャーナインを見つけても勝てないことになる。



主義を変えるべきなのか。
総流しをしていれば、すくなくとも馬連11万馬券は獲れていた。


しかしそれって「大荒れになったらめっけもの」って感じだ。
私がやりたいのは、馬連30倍、馬単50倍を3点で当てるようなことだ。総流しの万馬券は興味対象にない。


なら単複を買えとなってくる。たしかにベンチャーナインの単複で充分なのだが……。



未練たらしくオッズを確認してみる。
1着ベンチャーナインに、2着アグネスが消えれば、3着ヤマニンキングリー、4着ピサノエミレーツが繰りあがって当たりなのだ。配当は3連単11万馬券か。


やはりこの路線で行くべきだろう。
100万馬券は、「馬場がしぶった。逃げ馬のダート馬、アグネススターリーから行く!」で奪るのが正しい。
今後も総流しはしないことにする。

馬名はむずかしい

 編集者に直された原稿を見ると、毎度馬名はむずかしいと感じる。


 アグネスレディが「アグネスレディ」に直されていた。伸ばさねばならないのだ。


 カツラノハイセイコは伸ばしちゃダメ。これはわかっている。9文字制限だ。「ハイセイコ」である。伸ばさなくてもいいと思うのに伸ばすのもあれば、こんな寸づまりもある。



 むかし大井に「ステービーワンダー」という馬がいた。当時の大井は「カタカナ小文字禁止」である。だからこれを「ステービーワンダー」と書いたら間違いになる。


 同じく「ミサキネヴアー」がいた。「ネヴアー」である。「ネヴー」と書いたら誤記になる。


 指摘されて気づく私の勘違いもある。サクセストレインは今までずっとサクセストレインだと思っていた。



 ターザン山本さんのブログ日記が誤記表記で笑われている。手書きの山本さんの原稿を打ちこむ女性が、競馬もプロレスもなにも知らないのだから、当然のごとく、それは起きる。ダイワスカーットが有名だ。

 これはしかたない。山本さんは正しく「スカーレット」と書いたのだろうが、その文字が汚く(笑)、打ちこむ女性に競馬知識がなければ、こんなことも起きるだろう。よくあることだ。

 もっとも山本さん自身が「予後不良」の意味を間違えていることになると庇いようがない。フサイチリシャールを予後不良とし、そのあと「種牡馬になるそうだ」はあんまりだ。あそこまで競馬を知らないとは……。


 アグネスレディをアグネスレディーと直してくれる誠実で生真面目な編集者がついていてくれる我が身の幸福に感謝すべきなのだろう。そう思うことにした。

 まあでも私はあのひとのように知りもしないことをしたり顔で語る図々しさはない。
 無知なのに目に付いたものすべてに突っこんでゆく。映画「靖國」を見てもいないのに論じていたときはさすがに呆れた。しかも的外れだ。他山の石にしないと。

天皇賞的中記──とりあえず……

 本命はアドマイヤジュピタ。
 昨年7月、新潟競馬。1年半もの長期休養から復帰してきた。
 そのころ私は、春から始めたIPATなる進化した電話投票で、初めての中央夏競馬フル参戦をしていた。

 毎度書いているが、私は競馬が地方に行ってしまう夏競馬の時期は南関東の競馬場に行く。馬を見て馬券を買うのが私の競馬だ。
 だが昨年から山奥隠遁生活をしているので今はそうも行かない。馬券を初めて35年、初めて本格的にやる中央の夏競馬、初めてのパソコン投票だった。


 アドマイヤジュピタは40キロ増で出て来た。私はそれを無視して買った。そのことは「馬体重話」としてホームページにも書いた。


http://monetimes.web.fc2.com/k-essay07.htm#ba


 それからずっと応援し、馬券もとってきた。500万条件で復帰からGⅠ馬までの過程をつぶさに見てきた。いつしかアドマイヤジュピタは私にとって、初めて好きになったアドマイヤコジーンに次ぐアドマイヤの馬では二番目にいとしい馬になっていた。


 勝ち馬のこの馬を本命にしたのだから今回の天皇賞は当然当たる。ひねくれ者だと、もう終ったとメイショウサムソンを切って外れたりするのだろうが、私は武豊騎手が大好きなのだからそんなはずもない。

 ただ先週の負けで資金がなくなってしまったので、馬単、馬連を少額的中しただけだった。3連複、3連単は買っていない。本命はアドマイヤジュピタなのだが、そこから3連単勝負する度胸がなかった。買えば当たっていたが……。
 さらには、トウカイトリック、アイポッパーの2着にも気があったから点数も絞れていない。儲けがすくない。馬券で大事なのは高配当を当てたりすることではない。元金をどこまで増やしたかだ。


 先週のフローラステークスを見(ケン)していればと未だに悔やまれる。

 自慢できる的中ではないが、とりあえず戦績的には当たりの天皇賞・春。

続きを読む

プロフィール

moneslife

Author:moneslife
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。