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シャドウゲイト、アイルランドで種牡馬入り!──おめでとう!──2007年中山金杯の思い出

07年のシンガポール航空国際Cを制したシャドウゲイト(牡11、アイルランド・児玉) が同国で種牡馬入りすることになった。

15日、レーシングポスト電子版が報じた。美浦・加藤征厩舎からデビューした同馬は日本でもG3を2勝。12年にアイルランドの児玉敬厩舎に移籍後は2戦1勝。 欧州で活躍したホワイトマズルの産駒であること、G1勝ちの実績、昨年10月19日のアイルランドのデビュー戦(AW2100メートル)でのレコード勝ちが評価され、種牡馬入りとなった。


日刊スポーツ 5月16日(木)0時2分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130516-00000007-nksports-horse

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 よかったなあ、おめでとう。殺されずに餘生を送ることを願う。
 時代が変わり、「むかしならとても考えられなかったこと」が起きるようになった。これなんか典型的なそれになる。むかしは逆だった。イギリスやアイルランドで「とても種牡馬になれないような馬」を、競馬後進国の日本が輸入して種牡馬にしていた。大好きな種牡馬テスコボーイなんて、なんとも貧弱な競走成績である。日本でなきゃあの大成功はなかったろう。いま残っているのはサクラユタカオー、バクシンオーの系譜だけで、消えいる寸前だが……。

 サンデーサイレンスだって、血統の悪さからアメリカじゃ軽視されていたし、日本でなきゃ、しかも社台でなきゃ今のような発展はなかったろうと言われている。
 とにかく今までは、「外国だったらダメなものを日本が再生していた」のである。なのに逆のケースも出てきた。なんともうれしい。

 そして思うのはコスモバルクだ。同じようにあちらで種牡馬入りし、活躍馬が出るのが夢だったが……。
 昨今、さして会いたい馬もいないが、日高に行ったらマイネルで功労馬として餘生を送っているコスモバルクに会いたい。
 そしてまた、アイルランドに遊びに行ったら、ぜひシャドウゲイトに会ってきたい。



 私のシャドウゲイト一番の思い出は2007年の中山金杯。結果はこれ。
kinpai2007








 この3連単を当てた。配当がこれ。
kinpai2007haitou






 馬券下手らしく、恥ずかしい思い出になる。
 中山競馬場にいた。1レースから買いまくっていた。当たったりハズれたり、成績はそこそこ。
 メイン金杯の本線は馬単で2万円ほど。本命はシャドウゲイトである。3番人気だった。私はこの馬の馬体が好きだ。
 読みは正しかったことになる。勝ち馬だから。
 ウスラばかのウスラ記憶によれば、馬単5千円3点に、抑えの馬連千円5点だったように記憶している。
 このころは今このブログによく書いている「3連単フォーメーション30点買い」なんてのはやっていない。現場でそんな慌ただしいマークシートはやっていられない。馬単がメインだった。



 自分の予想で、自分の馬券を買ったあと、まったく今以て不思議でならないのだが、ふだん他人の予想に乗ることなどまったくないのに、なぜかそのとき、サンスポの片隅にあった「3連単フォーメーション12点買い」に乗ったのである。本紙予想ではない。3連単を担当している一記者の予想だった。シャドウゲイト1着固定、相手4頭の12点予想である。なぜか、まったくもって理解に苦しむのだが、それを気まぐれで100円ずつ買ってみたのだ。不思議でならない。

 結果、この1200円が的中して12万8千円になった。この予想のすごいのは相手4頭の中に人気薄のアサカディフィート(前年の覇者ではあるのだが)を入れていたことだ。私本来の本線の馬単はアサカディフィート無視だからもちろん大外れ。なのにこの3連単を買っていたので、オケラになるはずがプラスになった。



 これに味を占めてその後はその記者の予想に乗るようになったとか、同じように気まぐれで他者のそんな3連単予想を買ってみるようになったとか、そんなことは一切ない。そこがまた不思議だ。たった一度の気まぐれだった。
 だからこそこの珍しい体験は記憶に残った。

 それから4年後、私はその記者の名を、「未成年買春で逮捕」で思い出すことになる。
 なんともせつない話だった。未成年買春に眉を顰めるような健全派ではないが、岳父の葬儀を仕切った後のそれだということと、なんとなく常習のにおいがイヤだった。

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kanren6  サンスポ記者の買春容疑──ブログ時代の不幸
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皐月賞取りガミ記──完敗のほうがよかったのか……──エピファネイア2着

image947 シーザリオの仔エピファネイア本命である。昨年のラジオNIKKEI杯から決めていたことだ。天国のラインクラフトに「シーザリオの仔が皐月賞を勝ったよ」と報告する。そう決めていた。それが私の今年の皐月賞。

 なんとしても当てたい。シーザリオの仔がクラシックを勝ったのに相手を選び間違えてハズレでは泣くに泣けない。

  よって相手はいつもより多目に7頭選んだ。エピファネイアが勝ち、相手もまず順当にコディーノ、ロゴタイプ、カミノタサハラで決まると思っているが、念には念を入れて、レッドルーラー(強いらしい、よく知らない)、タマモベストプレイ(これはよく知っている。堅実だ。今回は距離が長いと言われている)、コパノリチャード(これはマイラーだから中山2000は長いと思う。でも連対率100%だし内田騎乗だからマーク)、フェイムゲーム(よく知らない。でも中山がめっぽう得意らしい)らを加えた。3連単頭固定42点勝負。



 さて、これからの話はよかったのどうか、いまだによくわからない。きっかけは先週の桜花賞のアユサンにある。ウジテレビのクソ番組は見たくないのだが、あのパドックのアユサンは鮮烈だった。今週ももう馬券はエピファネイア勝利で決めているから午前中に買ってしまい、昼からかつをのタタキとイカ刺しで日本酒を飲んでいた。よせばいいのに──よしたほうがよかったかどうかは難しいところだ──そのクソ番組を見た。目的はパドックだ。

 すると、ロゴタイプの出来が最高だった。外目外目に歩き、元気溌剌気力充実である。ふと気づくと1番人気になっている。前売りからずっとエピファネイアが1番人気だったのに、みんなよく見ているものだ。勝つのはこれだろう。

 コディーノもいい。今まで見た中でいちばんよく見える。本番クラシックに向け、完調に仕上げてきたのか。藤沢さんも牡馬クラシックを勝ちたいはずだ。

 肝腎の我がいとしのエピファネイアは、わからない。そもそも間近で見たことがない。シンボリクリスエス産駒らしいゆったりした馬体だが覇気は感じない。ただ、この馬、すごく気性が難しいらしいから、これぐらいのほうがいいのか。入れこんだら終りらしいし。
 エピファネイアに勝ってもらいたいが、心情抜きに判断したら、パドックは断然ロゴタイプである。次いでコディーノ。「シーザリオの仔が皐月賞を勝ったよ」と天を翔るラインクラフトに報告したいのに、ピンチである。



 いやはやロゴタイプの充実がすばらしい。見るほどに惚れ惚れする。まして鞍上はミルコだ。こりゃ先週に続いて兄弟連続G1制覇があるなと思う。中山の1800のスプリングステークスをあんなに強い勝ちかたをしているのに、2000が長いなんて言う感覚は私にはない。父ローエングリンの中山記念での強さも覚えている。勝つのはこれだろう。
 鞍上ヨコテンが信用できないがコディーノの勝利もあり得る。いとしのエピファネイアがあぶない。

 デスクトップ機の火はもう落としてあったから、急いでノートを開き、そこから追加馬券を買った。いつもの3-3-7フォーメーションだ。30点。ほろ酔いの頭にはエピファネイアと心中と言いつつ日和ってる自分を恥じる心もあったが、あのロゴタイプを見たら買わずにはいられない。つまりこの時点で私は、エピファネイア愛よりも、ハズれたくないと金を重視したことになる。己のちいささに恥じいる。でも追加馬券のこれだってエピファネイア本命にもしている。当たれば二重当たりになる。エピファネイアが圧勝して、杞憂だったな、となるのが理想だ。

image944













結果、買い足したこれが当たった。案じたとおり、ロゴタイプ、レコードタイムの完勝、エピファネイアは2着だった。3着コディーノ。1着から4着まで人気順という固い決着だから59倍の低配当。取りガミである。それでも全焼がボヤ程度で済んだ。

 ミルコの完璧な騎乗と、レコードタイムで駆けぬけたロゴタイプの強さが目立った。いとしのエピファネイアはよく食いついたが、交わせると期待できる瞬間はなかった。着差以上の完敗である。朝日杯の勝ち馬がクラシック勝ったのっていつ以来? ナリタブライアンは覚えているが。



【追記】──調べてみた。1993年のブライアン以来20年ぶりだ。その前なら、ミホノブルボン、アイネスフウジン、サクラチヨノオー、メリーナイス(以上4頭はダービー馬)、テンモン(牝馬なのでオークス)、ビンゴガルー(皐月賞)、といっぱいいる。



 ミルコ「皐月賞3勝タイ記録」って、皐月賞騎乗回数を考えたらとんでもない数字だ。中に、ダート1勝しかないダイワメジャーを勝たせたのがあった。まさかダイワメジャーが後々あんな大物になるとは。あのときはフロックだと思った。
 先週「史上初の兄弟騎手ワンツー」をやったミルコは、今度は「史上初の兄弟騎手G1連覇」をやってのけた。文句なし。(【後日記】「史上初の兄弟騎手GⅠ連覇」は2000年の秋華賞、菊花賞の武兄弟が初でした。クラシックではデムーロ兄弟が初になります。 )



 それにしても、このオイシイところを持って行くのも照哉さんだってのがすごい。
 ローエングリンは種馬になれるほどの成績をあげていない。それでもシングスピールの血を残すために、なんとかなれた。でもいま繋養は社台じゃない。レックスだ。どれほどのものだったかは、それでわかる。(最初は社台で始めています。)

 だから日高の、高い種馬をつけられない弱小牧場が、安いローエングリンをつけて、それでこの活躍馬が出たとなると、これはこれで競馬ロマンなのだが、このオイシイところ取りもまた照哉さんだった。ご本人は「ローエングリンに目をつけたおれもなかなかだろ」と自慢していたようだから、この意外な成功はうれしいようだ。

 しかし考えて見りゃ母の母はスターバレリーナだ。エリザベス女王杯じゃ本命にした。1番人気だった。ローズステークス勝ち馬だ。それにサンデーをつけて生まれたのがロゴタイプの母のステレオタイプだから、こりゃ母系のよさと母父サンデーの力も大きい。つまり「日高の弱小生産者」が、自分のところの繁殖牝馬にローエングリンをつけたとしても、こんな活躍馬は出なかったろう。ローエングリンの仔で朝日杯、皐月賞とふたつのG1を勝てたのは、名血のステレオタイプに平然と未知の種牡馬ローエングリンをつける照哉さんだったからなのだ。富は富むひとのところに自然に集まって行く法則か。

 ローエングリンは8歳まで走った。照哉さんとしては香港あたりでなんとかG1を取り、箔をつけたかったのだろう。でも勝てなかった。そしてこの逆転劇。だから競馬はおもしろい。



 ボヤで済んだことにほっとしている自分とともに、そのことをエピファネイアに恥じている自分がいる。

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【追記】──後藤ローエングリンと吉田ゴーステディの秋天

 2頭がガリガリにやりあって共倒れして話題になった。とはいえ吉田は人気薄、ローエングリンは2番人気だったから、吉田が不仲の後藤の人気馬をつぶした、ということなのだろう。これが2003年の秋天だ。これだってもう10年経っている。
 とすると「木刀事件」ていつだったのだろうと調べたら1997年だって。そんなに前のことだったか……。時の流れを感じた。

思い出写真──ギャロップダイナ




撮影。1988年夏、社台ファーム。



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私は種牡馬ノーザンテースト、社台ファームという日本一が嫌いだった。

勝ちまくるシャダイ、ダイナの馬が嫌いだった。

出走馬を見かけると片っ端から消した。

その全盛時代だったから馬券ではひどい目に遭った。



まだダートの条件馬だったギャロップダイナにパドックで会い、ひと目ぼれした。

ころころしたかわいい馬だった。

まさか後にあのルドルフを負かして天皇賞を勝つとは夢にも思わない。

それからノーザンテーストの仔もダイナの馬も好きになった。

馬券で勝つためにはこういう好き嫌いを作ってはならない。

誓った。もう好き嫌いはしない。勝つための、厳守すべき法則。



その後そういう好き嫌いはなくなった。しないようにした。

サンデーサイレンスもその後継馬も大好きだ。

社台ファーム、ノーザンファームも嫌っていない。日本一はすばらしい。

すばらしさを素直に認める心が勝ちに繋がる。



しかし相変わらず馬券成績はひどい。

馬や牧場の好き嫌い以前の問題だとやっと気づいた。

ノーザンテーストや社台ファームを嫌っているから馬券が当たらないのだと思っていたときはまだ救いがあった。

真実を知ることはいつもかなしい。

フジキセキの日──日本発サンデーサイレンス系

先週、高松宮記念の日は、フジキセキの日だった。


ドバイ・シーマ・クラシック(首G1、芝2400m)をミナミアフリカのフジキセキ産駒・Sun Classique(牝4)が勝ち、高松宮記念はフジキセキ産駒のワンツーだった。


高松宮記念はサンデー産駒が絶対的に強い。今回も孫のワンツーで3着が息子だった。


万能のサンデー産駒も短距離とダートは苦手だ、というのが、つい昨日のことのように思える。


むしろビリーブあたりから競馬を始めた若者は、「サンデーは短距離」だったりして。


高松宮記念の翌日、スポーツ紙を読んでいて次の表記におどろいた。


種牡馬年数で父を超えているフジキセキだが……


4歳(いまだと3歳)春、三月に引退して、その年の春から種付けを始めたフジキセキが、サンデーの種牡馬年数を超えたということは、サンデーが死んでからそれだけ時間が経ったってことか。これまた亡くなったのをつい昨日のことのように覚えているので……。


今後のためにも書いて覚えておこう。サンデーサイレンスの命日。


2002年8月19日──16歳


もう亡くなって6年になるのか。だったら3歳から種牡馬になったフジキセキは父より長くなる。


こんな偉大な種牡馬はもう出ない。


フジキセキの朝日杯3歳ステークスがサンデー産駒最初のGⅠ制覇だった。ファーストクロップである。
でもやはり同い年でクラシックを勝ったジェニュインやタヤシツヨシのほうが印象深い。タヤスツヨシは一緒に走り負かしているのだが。


馬券生活者・梶山徹夫さんが、日曜昼の上岡龍太郎の番組に出て、ダービーの馬連(当時は馬連までしかなかった)ジェニュイン・タヤシツヨシを百万円一本勝負をしたのがこの年だった。

これは上岡が「そんなもんあるかいな」と、世のあれこれにケチをつける番組で、そのひとつとして「馬券で食っている? そんなもんいるかい」が取り上げられたのだった。
馬券生活者を嘲笑した上岡に憤慨し、テレビカメラの前で百万束を放り投げて見せたのだから、あのころの梶山さんも若かった(笑)。5.9倍、的中。


ダンスインザダークが菊花賞を勝ち、早々とサイアーとして三冠を達成したサンデーだが、三冠馬を出すまでは長かった。

ディープ三冠達成のとき、私が真っ先に想ったのは「よかったね、サンデー」だった。


私の書く競馬文章には「偉大な種牡馬サンデーサイレンスが唯一達成していない三冠馬の父という称号」のような言いかたがよく登場し、そのことにあまり興味のない編輯者からは奇妙がられた。
私はブライアンズタイムが実現している「三冠馬の父」にサンデーがなっていないことが不満だった。すべての三冠馬の父がサンデーより劣る。なんとしてもサンデーに三冠馬の父になって欲しかった。だから私のディープに対する第一印象は「親孝行息子」なのである。



フジキセキは弥生賞を勝って4戦4勝。脚を痛めてそのまま引退した。
馬格から長距離はどうかと思われたが、後に角田に尋くと問題ないと一笑にふしていた。とにかくたいへんな怪物だったそうだ。あんな馬には出会ったことがないと。このことを角田に尋いたのはジャングルポケットの取材のとき。そのあと彼はダービージョッキーになる。


無敗馬は夢が広がる。
フジキセキとアグネスタキオンがあのまま走っていたらどうだったろう。
私はアグネスタキオンには母系からくる距離の限界があったように思うのだが……。
それとも2頭がディープより先に「無敗の三冠馬」になっていたのか。



日本発の初めての「サンデーサイレンス系」という血統が世界に広がりそうだ。
これは競馬ファンの夢である。
デルタブルースもオーストラリアで血を拡げるといい。メルボルンカップを勝った馬だ。大切にされるだろう。


南アフリカの競馬場で出馬表を手にすると、父親の欄にFujikisekiとあるのだ。想うだけでいい気分になる。

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