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菊花賞完敗記──しかたのない負け──おめでとうエピファネイア、おめでとう福永!

今回の菊花賞での私の決意。

①勝つのは大好きなエピファネイア。よって3連単1着固定。

②伏兵はバンデ。 道悪逃げ残り。かなりの確率で絡む。

③よって、エピファネイア1着固定、2着バンデ固定で3着候補8頭、1着エピファネイア、3着にバンデ固定で2着候補に8頭。合計3連単16点勝負。

④こういう買いかたをするとき、いつも「そこそこの人気馬」を消して、代わりにとんでもない穴馬を入れる。今回消すそこそこの人気馬は「パチンコ馬主+岩田猿踊り」の14番。4番人気。代わりに入れる穴馬は15番人気、戸崎のアドマイヤスピカ。



結果。
①②③は最高の読みだったが、④の14番が2着に来てすべては水の泡。

春先からずっと本命だったエピファネイアが待望のGⅠ勝利を、圧倒的な勝ちかたで、すぐれた時計で勝ったのに、それを祝えなかった。シーザリオの息子がGⅠを制覇したのに、その馬券を当てられなかった。
福永(=洋一の息子)が初めて牡馬クラシックを勝つ記念馬券を当てられなかった。



でもパチンコ馬主はきらいだからしょうがない。馬券にこういう考えを挿れてはならない。当たる馬券も当たらなくなる。購入時4番人気(最終的に5番人気)のそれを入れないとき、「これが来て負けるのかな」と一瞬考えた。見事にそうなった。しかしそれが自分の買いかたなのだから、やはりしょうがないとしか言いようがない。
 2013kikka
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TPPで競馬界も大激震!?──関税撤廃で安い外国馬が

 TPPで競馬が変わる-。日本のTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)交渉参加が19日、TPP閣僚会議で11の交渉参加国から承認を得た。日本は7月に予定される交渉会合から合流する。一部の例外を除き、関税の完全撤廃を目指すTPPに参加すれば、さまざまな影響が予想されるが、競走馬の世界まで激変しそうだという。

 閣僚会合は20、21日に開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)貿易相会合にあわせてインドネシアのスラバヤで開かれた。甘利明TPP担当相が現地入りし、関係閣僚らと直談判して最終決断を促した。

 注目される競走馬への影響だが、輸入時にかかる「1頭あたり340万円」の関税が撤廃されたらどうなるのか。
http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20130420/plt1304201450000-n1.htm

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 私はTPP参加反対だ。農業問題以上に医療保険の問題がある。あれをやられたら、日本は、アメリカと同じく貧乏人は医者に掛かれなくなる。簡単な手術で100万円以上なんて国になってしまう。そしてそれは、ここがおそろしいところだが、そのことに気づき、反省し、元に戻ろうとしても、もう戻れない。外国からの食い物が安くなるからいいんじゃないの、どころの話ではないのだ。

 日々それを憂いているが事態は絶望的なようだ。



 むしろ食品は、日本のものはうまいから、がんばって稼いで高くても日本のものを喰えばいいと、さほど心配の対象ではない。
 今日この記事を読んで、そういや「競走馬」もまた「農業」の一環なのだなと気づいた。

 関税撤廃で馬が安くなる。特にオーストラリアの安馬が340万も安くなったらただみたいなもんだ。オーストラリア馬=香港馬である。馬はサイコロのようなものと割り切っている香港では、オーストラリアから輸入した安馬をセン馬にして走らせる。最初から血統の発展とかそんなことは考えていない。ただのギャンブルにおけるサイコロである。それで日本の安田記念やスプリンターズステークスを勝つようなのが出て来る。香港馬のことを考えると、競馬って何なのだろうといつも思う。生産はないし、セン馬だから種牡馬にもならない。用済みになったら、みんな殺して喰っているのだろう。その意味じゃスッキリしている。

 このzakzakの記事では、「関税撤廃で、日本馬の輸出が増加する」という賛成論と「高い日本馬が売れなくなる」という悲観論を載せているが、そりゃ「安い外国産馬を買うようになり、日本馬が売れなくなる」だろうなあ、圧倒的に。

 日本の競馬ってこれからどうなるのだろう。サンデーの孫ばかりになった状況は、どんな形で変化して行くのだろう。血は必ず入れかわるから心配はしていないのだが、どんなふうに変化するかに興味がある。

 元々北海道の馬産というのは、産業のないあの地の経済振興として始まった。なら国は、北海道の馬産を真剣に守るのだろうか。それとも優勝劣敗の世界だから、北海道から馬産が消えてもしょうがないと割り切るのだろうか。
 馬産に関することは、また別に書こう。
 

冠号馬名を気にしない金子真人オーナーの凄味──カネヒキリ、カミノタサハラ──冠号カネとカミノの思い出

私が初めてカネヒキリを見たのは中山だった。2005年の2月。500万条件。デビュー2戦は芝で勝てず、3戦目にダートを使ったらぶっちぎり。これでこいつはダート馬だとなり、そのときは9番人気だったが、中山のこのときはダントツ人気。新聞には上から下まで◎が並んでいた。ペリエを鞍上に前走のぶっちぎりよりもさらに差を広げるモノスゴイ勝ちかたをする。こりゃすごいのが現れたと中山でぞくぞくした。
それ以降の大活躍はご存知の通り。屈腱炎になって終ったかと思ったら、そこから復活し、休養中に王者となっていたヴァーミリアンにモノの違いを見せつけた。

中山のこの日、ふと気づいた。勝負服が金子さんなのだ。カネヒキリという馬名からてっきり冠号「カネ」の馬だと思っていた。いちばんの思い出は有馬記念馬カネミノブか。その他、オークス馬カネヒムロ(岡部の初めての八大競走制覇)、桜花賞オークス二冠馬カネケヤキ(野平の祐ちゃん先生騎乗)と活躍馬は数多い。馬主は金指さん。
その冠号「カネ」がひさびさにダートの大物を送りこんできたと思ったのだ。しかしそれは間違いらしい。あの金子さんの馬なのだ。

カネヒキリってどういう意味なんだろう。「カネ+ヒキリ」ではないのか。
金子さんて抜群の命名センスをもっているのに、なんでこんなカネの冠号と間違われるようなへんな馬名をつけたのだろうと思った。



ということから調べて、カネヒキリは「カネ」の冠号とは関係なく、意味はハワイ語で「雷の神様の名」と知る。綴りはKane Hekilli。日本語の「カネ」とは無関係だったのだ。

でも古い感覚の私は、「先輩馬主にカネの冠号のひとがいるのだから、間違われるような馬名は遠慮するのが常識」と考えた。
しかしまた上記のカネミノブやカネヒムロ、カネケヤキを知っているファンも数少なくなったろうし、カネの冠号が現在活躍馬を送り出していないのだから、そこまで考慮する必要はないのかとも思う。金子さんはハワイ語の馬名が大好きだ。カネヒキリという雷の神様の名をつけるとき、「カネの冠号がいるしなあ、過去の活躍馬もいるし、どうしよう」などとは一瞬たりとも考えなかったのだろう。

あるいは1995年に馬主になった金子さんは、そんな古い馬の名前など知らなかったのかも知れない。



外国にいて今年の弥生賞は見られなかった。最重要クラシックトライアルである。ダービー馬は弥生賞出走馬の中にいる。帰国してすぐ調べ1、2番人気のエピファネイアとコディーノが負けたこと、「カミノタサハラ」という馬が勝ったことを知る。
いなくてよかった。いたら、エピファネイアとコディーノの2頭固定3連単で大勝負してとんでもないことになっていた。2頭とも連から消えるなんて私には想像できない。いやほんと、参加できなくてよかったと胸をなでおろした。

そこでまた思った。「カミノ復活か!」と。カミノで思いつくのはまず天皇賞馬カミノテシオだ。冠号「カミノ」と、フェデリコ・テシオの「テシオ」をくっつけた馬名である。ハイセイコーの同期生。
馬主の保手浜さんはたしか善哉さんと不仲だった。共同馬主クラブというものに反対していた。あのころはまだそんなことがあった。今じゃ大王国だからケンカするひとなんていない。いやこれ勘違い、善哉さんと不仲なのは冠号「スズ」の小紫さんか。

比較的新しいところじゃメジロマックイーン時代に脇役としてがんばったカミノクレッセがいる。アンバーシャダイの仔だ。これ、途中でトレードされたのだったか、最終的な馬主は保手浜さんじゃない。
春天2着のあと、距離が半分になる安田記念でも2着して、勝ったヤマニンゼファーも人気薄だったから馬連が160倍ついた。私の本を出してくれた出版社の小町社長がこれを5万円もっていて、800万になったっけ。

その保手浜一族の冠号「カミノ」からひさしぶりに大物が出たのかと思った。
するとまたそれは金子さんの馬であり、馬名の意味は「カリフォルニアの通りの名」なのだとか。冠号「カミノ」だとアルファベット表示は「Kamino」だが、これは「Camino」になっている。カミーノらしい。カイーノ?



私は、冠号「カネ」や「カミノ」と勘違いしそうになるこういう金子オーナーの命名が好きじゃない。紛らわしいことはして欲しくないと願っている。しかし冷静に考えてみれば、メジロマックイーン時代に連続2着して活躍した渋い脇役カミノクレッセを「比較的新しいところでは」と書いたが、一般的にはきっとこれって「大昔」なのだろう。知らない競馬ファンも多いだろうし。
となると、「カネ」も「カミノ」も長年活躍馬を出していないのだから、似たような馬名をつけようと関係ない、のだろう。

私は若い頃から冠号馬名が嫌いだった。それは今も変らない。社台RHがダイナを廃して、いい名前の馬が連続するようになったときは他人事ながらうれしかったものだ。世が世なら、社台RHとサンデーRはひとつの組織で、ネオユニヴァース、ブエナビスタ、オルフェーヴルは、ダイナユニヴァース、ダイナブエナビスタ、ダイナオルフェだった。

しかし永年競馬をやっていると、それとはまたべつに冠号感覚?が染み込んでいるらしい。カネヒキリとカミノタサハラという馬名に反感?をもっている自分が確実にいるのである。おもしろいもんだ(笑)。



くだらんことを考えた。
ハワイの花の妖精に「マイネルミノン」というのがいるとする。切り方は「マ・イネルミ・ノン」だ。金子さんはこの妖精の名が大好きで、前々から馬名にしたいと思っていた。そこにディープ産駒で、もろにこの妖精の名が似合うかわいい牝馬が現れた。つけるだろうか? 原名は「マ・イネルミ・ノン」でも、日本語では「マイネル・ミノン」とマイネルの馬のように発音される。やるだろうか? 金子さんならためらわずつけるような気がする(笑)。

金子さんの「次の冠号つぶし」に期待したい。次はなんだろう。

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【追記】──ロングも気にしない社台──ロングロウ──2013/04/22 2:16

今日、ロングロウという馬が出ているのを目にした。調べると、新馬戦では単勝1.3倍に支持された話題馬だという。メインレースぐらいしかやらないから、そんなことすら知らない。お恥ずかしい。
クロフネ産駒。馬主は吉田和子さん。善哉さんの奥さんだ。おいくつになられたろう。もう20年以上お会いしていない。

ロングロウはLong Rowか。長い並木。いい名前なのかつまらないのかわからない。



ロングと言えば中井長一オーナーの冠号。
とにかくもうこの「長一」というご自分の名前が好きらしく(笑)、ダービー馬ロングエース、ロングワン、ロングイチーとつけまくる。
私のいちばんの思い出は、カブラヤオー世代のロングファスト、ロングホークになる。
あと有名馬では、ロンググレイス、ロングシンホニーあたり。

これなんかも、さすがに今現在冠号ロングのオープン馬が何頭も活躍していたらつけないと思う。
でもそうじゃないから、遠慮はいらない、となるのだろう。
和子さんはご高齢だから、命名したのは周囲のひとだと思うが、善哉さんとの「人生の長い並木道」ということだろうか。
和子さんが馬主の有名馬では、天国の善哉さんへの投げキッス、桜花賞馬キスツゥヘヴンがいる。いやあれは早世した父アドマイヤベガへの投げキッスだったか。

そういやキスツゥヘヴンの母はロングバージンだから(すごい馬名だな)、中井さんの馬と社台は関係があったのか。いやいや、たしかロングバージンは日高の馬で、キスツゥヘヴンは、勝巳さんが購入した馬だった。こんがらがってきた。



ま、ともかく、今の時代、かつての高名な冠号に遠慮して似たような名前はつけない、という時代ではないようだ。いいのかわるいのか。

でも冠号というものに遠慮して、ことばを節するというのはつまらないことではある。たとえば島川オーナーの苗字音読冠号の「トーセン」とか啓愛義肢の「ケイアイ」なんてのは害がないからどうでもいいが、「ウイン」「グリーン」「ドリーム」「レッド」「サクラ」なんてふつうのことばを他者の冠号だからと遠慮して使わないと、9文字制限の馬名はますます窮屈になる。

そういや「ドリーム」はセゾンレースホースの冠号だが、一番有名なドリームの名はふたつのグランプリを勝ったドリームジャーニーでサンデーRの馬だ。その辺も遠慮しないのか。正しい姿勢だ。「ドリーム」なんてふつうのことばを冠号だから他の馬主は使えない、ではたまらない。
だからきっと、よいことなのだろう。



しかしまたここでもう一歩考えると、社台RHもサンデーRも、「サクラ」なんかには踏みこんでいない。もしかしたらいるのかも知れない。不勉強なのでそのへんは断言できないが、すくなくとも、あれほどの頭数がいる社台RHやサンデーRなのだから、かわいい名前のサクラを使ったオープン馬がいても不思議ではない。それはいない。
それをしないのは、サクラバクシンオーの生産繋養等良好な関係にあるサクラに気を遣っているのだろう。
ということから、平然と使う他者の冠号は、相手とそういう関係なのだろうという読み(邪推?)も出来る。

馬主の品格──杉本清対談のトーセン馬主──POG嫌いの基本

発売中の『優駿』の杉本清インタビュウにトーセンの馬主が出ている。
私はこのマルチ商法で稼ぎ、ひたすら高馬だけを買いまくっている馬主が嫌いなので基本的にトーセンの馬券は買わない。しかしこんな形でパチンコ屋馬主とかを嫌っていたら買う馬がなくなってしまう。当たる馬券も当たらなくなる。だから馬主に好き嫌いを作るのは馬券戦略としては損なのだけど……。

ジャパンカップを私は大好きなブエナビスタの3連単1着固定で勝負した。人気薄ジャガーメイルを入れていたのにトーセンジョーダンを入れずに外した。あの驚異的なレコードタイムで勝った秋天の馬だ。もしもちがう馬主なら当然相手に入れていた。当たっていた。もともと名血で1億4千万もした高馬だ。デビュウのころから注目していた。
こんなことをしていたらますます馬券が当たらなくなるから、なんとか「いいひとであってくれ」と願いつつ、その対談を読んだ。「とてもいいひと」だと感じたら馬券対象にすることもできる。



だがそこで彼が言っていたのは、「高い馬を買っていればそのうち引っかかると思っていた」だった。何度もこの「引っかかる」ということばを使っている。彼にとって競馬とは天皇賞とはその程度のものなのだ。

天皇陛下を敬愛し、「いちばん勝ちたいレースは天皇賞」と言いつづけたメジロ牧場のオーナー、故・北野豊吉氏を思った。

「いいひとならいいなあ」という身勝手な願いは見事に裏切られた。まあ「馬券対象にしたい」という馬券ファンのまことに身勝手な願いであって、あちらから「おれはもともとこういう人間だ」と言われたらぐうの音も出ない。
名血馬には誰だって憧れる。高額になるのは当然だ。でもこのひとにどうしても共感を持てないのは、「好きな血統の馬を追いかけていたらたまたま高くなってしまった」ではなく、「高い馬だからきっと走るだろう」が先立つことだ。

いわば、「ブランド品で高いから、いい品だろう」というセンスのない成金そのものの発想。「ひとめ見て気に入って、いいデザインだなあと思って、欲しいなあと思ったら、ブランド品でとんでもなく高かった」なら解る。そうじゃない。順番が逆。シャダイというブランドの高い品を、金にあかせて買いまくっているだけ。



でもまあそれも競馬というものの真実ではあるのだろう。実際こうして天皇陛下の名がついている最高級のG1を勝ったのだから。見事に「引っかかった」のである。やはり鉄砲は数打たないと当たらない。

しかしそこに金子オーナーとディープインパクトの出会い、その感激からディープインパクトと名付けたようなドラマはない。冠号のトーセンにつける下の名も、みなよその馬の名からのパクリだ。そのことを自らへらへらと語っている。馬名にすら愛がない。

『優駿』は中央競馬会の機関誌である。そのへんの競馬雑誌とは違う。だからこういう対談での言葉遣いも逐一気にして丁重にする。波風の立たないように直す。なのに「引っかかる」なんてことばを多用しているのだから、実際はもっと下品だったのだろう。



と書いて思いだした。これって今更ながらだけど。
今春、ブエナビスタの弟トーセンレーヴ(冠号トーセンとここのところ流行りのレーヴ)をテレビ東京の競馬班が追っていた。無敗でダービーを制するのではないかと。
青葉賞で勝ちそこない、連闘でプリンシパルステークスに出て勝ち、ぎりぎりでダービー出走権を確保、とドラマチックな流れだった。

印象的だったのは、トーセンレーヴ担当の助手(持ち乗りなのかな?)に、「連闘でプリンシパルに出ると聞いたときどうでしたか?」と質問したとき、彼が、「やめてよお、レーヴが壊れちゃうよお、と思いました」と応えていたことだった。このことから連闘でのプリンシパル出走が馬主の意思だったことがわかる。すくなくとも最も身近で世話をしているこの助手は出走に反対だった。今までならこういう意見は表に出なかった。勇気のある発言である。

まあでもこの意見は馬主なのだから当然だ。壊れようとどうなろうと、それは馬主のかってである。金を出して馬を買ったのは馬主なのだから。名血馬トーセンレーヴは馬主ひとりのものではなく競馬ファンみんなのものだ、なんて寝言は言わない。たかが馬丁ごときの意見など聞いていられない。立場が違う。馬主はえらいのだ。
でもこの馬には生まれたときから注目していたから、落札したのがトーセンだと知ったときは落胆したものだ。充分予測できたことだったが……。



もうひとつ印象的だったのは、プリンシパルを勝ったときの地下馬道での馬主と池江調教師の態度だった。調教師が「やっとこれで夢が繋がりました」と馬主にへこへこしていた。それはまあ若手調教師だし、馬主はいつも社台の高額馬を買うことで有名な大金持ちだから、いい馬を預けてもらってなんぼ、の調教師が腰を低くするのは当然だが、最近は馬主に自分の意見をきちんと述べる気骨のある調教師も増えてきていたから、私はこの「へこへこシーン」が意外だった。まあブエナビスタの弟の高額馬だからこんな態度にもなるか。

私が望んでいたのは、連闘でプリンシパルステークス出走を強要する馬主に、毅然とそれを拒み、転厩問題に発展、なんて流れだった。さいわいトーセンレーヴは大けがをすることもなく元気なようだ。それだけが救いになる。

もっとも、逆に考えるなら、高額馬を大事に扱うのは誰でもできることで、ブエナビスタの弟の高額馬にそんな無理をさせたのも、トーセンの馬主ならではである。それによってダービーは盛り上がったから、競馬ファンにはありがたい馬主なのかもしれない。

当然ながらこのドキュメントには馬主の家でのインタビュウもあり、そこでも言われていたのは、金がかかってたまらん、大赤字だ、でもなんとかしないと、ワッハッハ、のような金にまつわる話ばかりで、馬に対する熱い情熱のようなものはなにも出て来なかった。支那語では競走馬を賽馬(サイマー=サイコロ馬)というが、このひともそうなのだろうなと感じた。



そのテレ東のドキュメントと今回の『優駿』の対談で、この馬主の品格はよくわかった。社台の名血の高額馬という今の日本競馬で最高のものを揃えているのだから、これからますます勝ちまくるだろう。それを嫌う私は、トーセンの馬が絡むGⅠは絶対に当たらないことになる。

POGという、それこそサイコロ馬の遊びをやるひとの気持ちが分からないのは、こういうことにもある。どんな馬主のどんな名前になるのかもわからないのに、なぜそんなことができるのだろう。他人の持ち物をなぜ自分のものだと思い込めるのだろう。そういうことはまったく気にしないひとの遊びであるのは知っているが。

ハンプトンコート・バンブトンコート

トンコートって馬がいるんだな。新潟3レース未勝利戦に出ていた。
トンコートを思い出す。サクラショウリの世代。
関東対関西の時代。関西のエースとして乗り込んできた。きれいないい馬だった。

皐月賞は間に合わなかったが、ダービーは1番人気。
2番人気サクラショウリの4着に敗れたが、同枠にアグネスホープがいたので枠連は1番人気。
2番人気、12番人気、9番人気だから今だったら3連単はどれぐらいついたろう。

冠号アグネスはこのアグネスホープで覚えた。渡辺オーナーは何年から馬を持っていたのだろうと調べたら1971年。このアグネスホープの毎日杯勝ちが初の重賞制覇なのだとか。とすると冠号アグネスの馬とはほぼ同じ歩みをしていると言っていいのか。

バンブトンコートは函館記念、神戸新聞杯を勝って、今度こそと思われたが、結局八大競走は勝てなかった。

トンコートの馬主はヒダカBUだから、ハンプトン・コート宮殿(Hampton Court Palace)から取った馬名だけど、関係者はみなトンコートを意識したことだろう。

banbton
成績表はいつものよう「優駿の蹄跡」http://ahonoora.web.fc2.com/bambton_coat.htmlから。
お世話になってます。感謝。

サンデーサイレンス一色ダービー──ギャロップダイナの思い出

父がサンデーの息子である馬16頭。
母がサンデーの娘である馬2頭。
18頭全部サンデーサイレンスの孫。
とても先進国の競馬とは思えない。



私はノーザンテーストが嫌いだった。リアルシャダイも嫌いだった。シャダイとダイナが嫌いだった。
シャダイとダイナが全盛の時代、そこいら中ダイナの馬ばかり。
G1では数少ない否シャダイ系の馬を選んで勝負した。

シャダイソフィア、ダイナカール、アンバーシャダイetc……。
当たったのはひとつもない。なにしろ勝ち馬を真っ先に消している。
それでもまだ社台系ではない馬もいたから、買えた。
シャダイソフィアの桜花賞、ダイナカールのオークス、私の本命は〝天才少女〟ダスゲニーだった。

シャダイとダイナを嫌い、負けて負けて負けまくった。
平日は南関東、週末は中山、府中と、千日間競馬場に休みなく通った日々。
そんなとき下級条件のダートを走っているギャロップダイナに出会った。
ころころしたかわいい馬だった。ノーザンテースト嫌い、ダイナ嫌いがはらりと落ちた。

ギャロップダイナを応援するようになった。
まさかこのダート馬がルドルフを負かして秋天を勝つとまでは夢にも思わなかった。あの馬券は取ってない。
大好きなルドルフが完敗したことに仰天し、でもそれを成し遂げたのがあのギャロップダイナであることに茫然としていた。

おかげで、それからはダイナガリバーのダービー、菊花賞のように、ダイナの馬の馬券も取れるようになった。
ギャロップダイナは恩人ならぬ恩馬である。



当時、社台ファームを取材するとき、千歳空港のレンタカーは「社台ファームの取材です」と言うと15%引きになった。でも私は社台ファームの取材でも一度もそれを口にしていない。そこまで媚びたくはなかった。
堕落した今だと社台ファームの取材でもないのに嘘を吐いて安く借りようとしそうだ。
(そのサービスはいまはないようだけど。)

ギャロップダイナのお蔭で意味のないアンチ社台感覚が消え、サンデーサイレンスはすなおに好きになれた。
まあそれ以前にノーザンテーストってのは不細工な馬だった。
それは社台のひとも、「不細工だからあんな名血をあの程度の値段で買えた」と認めている。
対してサンデーサイレンスは真っ黒でかっこよかった。私はかっこいいものが好きだ。

サンデーサイレンスが好きなおかげで私は、サンデーの孫ばかり18頭で行われる今年のダービーを楽しめる。ありがとうごぜえやす。



かつての私のように、社台系(社台RH、サンデーR)の組織やサンデーサイレンス系の血統が大嫌いなひとはどうするのだろう。
ダービーの馬券を買えない。買う馬がいない。

今時そんなひねくれ者はいないのだろうが……。

皐月賞──サンデー一色──社台完全制覇







フルゲート18頭中、父がサンデーサイレンスの仔である馬が12頭、母がサンデーサイレンスの娘である馬が4頭。サンデーの孫が合計16頭。そうでないのは8番ビッグロマンスと10番のエイシンオスマンの2頭のみ。でもエイシンオスマンはシャトル種牡馬のロックオブジブラルタルをつけたノーザンレーシング生産だからシャダイの馬だし、ビッグロマンスの父グラスワンダーも社台スタリオンステーションで繋養されている。そういう意味では全馬社台系。


国会議員で言うなら衆議院480人、参議院242人が全員民主党みたいなもの。いかに異常であることか。



昭和30年代ぐらいまでの、まともな種牡馬がいなかった時代ならわかる。なにしろあのころは「(英国)ダービーに出た馬」が、種牡馬として来日してくださったなら、ただそれだけでありがたがられた時代だ。もちろん間違っても優勝馬なんて来ない。惨敗の馬。それでもありがたかった。あちらとしてはゴミが高値で売れて笑っていたことだろう。

まともな種牡馬数頭の仔が大競走を勝ちまくっていた。だから「仔がダービーを何勝したか」なんてことで、あのころの種牡馬と今を比べることは無意味だ。なにしろ「まともな種牡馬」でも、そのころだから「とりあえず」そうなのであり、今では通用しそうなのはいなかったのだから。よくいわれるのは、シンザンの父のヒンドスタンて名種牡馬か? である。

なのに今、世界中の名血を集められる世界一の馬券売りあげを誇る日本で、この結果なのだから、サンデーサイレンスがいかに優れていることか。「あのころの種牡馬」よりも、桁外れにライバルの多い現在で「あのころの種牡馬」よりも凄いのである。



この結果は、競馬が自由競争であることの象徴だ。これにもしも御上が関わっていたなら、「サンデー系種牡馬による生産制限」とか、そんな不粋なことをしてろくでもないことになっていただろう。

実際ピルサドスキーの購入に代表されるようにバランスを取ろうとJRAは口や手を出していた。それでも止まらなかったのだからサンデーの優秀さがわかる。

以前も書いたが、しばらくG1とは無縁の下河辺牧場や千代田牧場がひさびさにG1ホースを出して話題になる。でもそれはスティルインラブやワールドオプピースでありサンデーの仔なのだった。メジロの最後のG1制覇メジロベイリーも同じ。藤原牧場が悲願のダービー制覇を成し遂げる。でも父はトニービン。社台抜きに日高はやってられなくなっていた。



私はサンデーサイレンスが大好きであり、競馬は自由競争であるべきと思っているから、この結果に不満はない。強いモノが勝者となるのは当然の帰結である。だからサンデー一色にケチをつけているのではない。それでも思うのは、ノーザンテースト全盛時代はまだ「新日と全日のどっちを応援するか」ぐらいでいられた。今は「アンドレ・ザ・ジャイアントが小人プロレスを踏み潰しているような情況」だ。どっちが好きかのどっちがない。社台による完全制覇は社台にとってもよろしくないだろう。

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それを前提にしての感想をふたつ。

ひとつ。これでは血統書は売れない(笑)。べつに血統ライターではないからどうでもいいが、血統であれこれ言うのもまた競馬ファンの楽しみ。それができない今は不幸な時期と言える。だってここまで有力馬の血統が偏っていたらリクツなんていらない。

サンデーは今後も母の父、母の祖父として長年君臨して行くだろうが、やがてサンデーの息子を越える種牡馬は必ず現れる。それが競馬の血の流れだ。それはなんという馬なのだろう。どんな血統なのだろう。ともあれ日本は初めて「サンデー系」という歴史を作れた。偉大なことである。



私は「関東対関西」の対決図式が好きなように、「社台対日高」が好きだった。私が取材をしているころはまだそれが残っていた。もう落日ではあったが、日高のテスコボーイからトウショウボーイの流れが、まだ社台のノーザンテーストに対抗していた。シーホークの仔のウイナーズサークルやアイネスフウジンがダービーを勝ったりしていた。いまはもうなにもない。全日高が社台組の傘下になってしまった。完全制覇である。たまにちいさな牧場から活躍馬が現れても父はステイゴールドだったりする。種牡馬入りしたとき安いからつけられた馬だ。つまりは安物のサンデーである。ここ十数年を振り返っても、社台と関係なく大活躍したのはオペラハウス産駒の2頭だけだろう。

ふたつめ。日高の馬産人にとっての大勝負だったあのラムタラが成功していたら……。それを思う。あれは日高の名門牧場聯がなけなしの金を掻き集めての渾身の大勝負だった。そして、見事に散った。

社台の送り出すサンデー系の馬と、日高の送り出すラムタラ系の対決。社台対日高という対立構図。ついでに五分と五分の関東関西の対決(笑)。それが私の理想になる。叶わぬ夢だ。

サンデーサイレンス大好きだから、サンデー一色の皐月賞出走馬を当然と思いつつも、その点に関してのみすこしだけ複雑な思いである。

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どうでもいい【附記】

もしもラムタラがサンデーに対抗するぐらい成功していたら、江面弘也さんの『サラブレッド・ビジネス - ラムタラと日本競馬』(文藝春秋)は馬事文化賞を取り、江面さんのターフライターとしての人生も変っていただろう。江面さんの夜遊びもよりスケールアップしていただろう。ってよけいなお世話か。すいません。いや江面さんとはいろいろワルイコトをした仲なので(笑)。

吉田三兄弟の名前──社台かアンチか!?

 吉田三兄弟の名は、照哉、勝己、晴哉。
 善哉さんの息子三人の中で、勝己さんだけ異色。


 これは「勝哉」とつけるはずが、そのとき漢字制限で「哉」が人名に使えなかったとか。


 不思議な話だ。弟の晴哉さんが使えるのはわかる。次第に改正されつつある。
 だがお兄さんの照哉さんが使えて、勝己さんの時代に使えないというのは奇妙だ。それが御役所仕事か。



 競馬にはよくあるからそんなものか。
 代表的なのがダービーに出られなかった「持ち込み馬」マルゼンスキー。
 一般に、後々の改正まで出られなかったように思われているが、それ以前は出られた。今はもちろん問題なし。「一時期、出られない時期があった」のである。不幸にもマルゼンスキーはその「一時期」にぶつかってしまった。
 マルゼンスキーがダービーに出ていたらどうなっていたろう。ラッキールーラの10馬身前を走っていたか。
 でも私は思う。あれはあれでよかったのだと。出られなかったからこそのマルゼンスキー伝説だ。むろん当時は「出してやれよ」と憤っていたけれど……。



 勝己さんの時代にのみ限定で「哉」の字が使えなかったのも、マルゼンスキーと思えば納得が行く。


 このごろ、勝己さんだけ「哉」の字がないのも、それはそれで兄弟のためによかったように思ったりする。照哉さんと勝己さんが慶應、晴哉さんが早稲田。その辺の絶妙さと同じく、勝己さんだけ「哉」がないのも、社台グループ発展に寄与しているのではないか。



 明日のオークスはほとんどが社台グループ生産馬。泣く子と社台には勝てない時代。
 生産も種牡馬も社台とは無関係の馬となると、ハートオブクィーンと、シャランジュ、の2頭だけ。おお、その2頭が1枠にいる。むかしの「アンチ社台」の私だったら迷わず1枠から勝負したところだ。
 さて、どうなるか。

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